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福岡地方裁判所小倉支部 昭和57年(ワ)110号 判決

目次

当事者の表示

主文

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

二 請求の趣旨に対する答弁

第二当事者の主張

一 請求原因

1 当事者

2 カネミライスオイルの製造工程及びカネクロール四〇〇の化学的性質

3 カネクロール四〇〇の食用油への混入経路

4 被告カネミの責任

5 被告加藤の責任

6 被告鐘化の責任

7 被告国及び被告北九州市の責任

(一) 被告国のPCBの大量生産と大量使用を放置した責任

(二) 食品による危害から国民の生命、健康を守る責任

(三) ダーク油事件における被告国の責任

(四) 結論

8 原告らが被った損害

二 被告カネミ、同加藤の請求原因に対する認否

三 被告鐘化の請求原因に対する認否及び主張

四 被告国、同北九州市の請求原因に対する認否及び主張

第三証拠〈省略〉

理由

第一 当事者

第二 本件油症事件の発生の経緯と概況について

第三 カネミライスオイルの製造工程、PCBないしカネクロール四〇〇の化学的性質及びその毒性認識について

第四 カネクロール四〇〇のライスオイル中への混入経路について

一 ピンホール説と工作ミス説

二 被告カネミにおける脱臭装置の増設経過

三 ピンホール説とその問題点

四 工作ミス説とその問題点

五 工作ミス説の相当性

第五 被告カネミ及び被告加藤の責任

第六 被告鐘化の責任

一 (第一の責任―人体に有害なPCBを我が国で独占的に製造販売した責任)

二 (第二の責任―PCBを食品工業用熱媒体として製造販売した責任)

1 (違法性と過失)

2 因果関係

3 分割責任

第七 被告国及び被告北九州市の責任

一 (油症事件と被告国らの関わりについて)

二 (行政庁の権限不行使と国家賠償法一条一項の関係)

三 (食用油製造業の営業許可業種指定等について)

四 (被告カネミの営業許可ないし更新許可における脱臭工程の安全確認等について)

五 ダーク油事件について

1 (ダーク油事件とは)

2 (ダーク油事件の経過とこれに対する行政並びに関係者の対応)

3 (食用油による被害発生の危険の予測と結果回避の可能性)

(一) (行政機関相互間における調整について)

(二) 福岡肥飼検の公務員

(三) 家畜衛試の公務員

(四) 農林本省の公務員

(五) (結論)

第八 損害について

一 油症の病像について

二 症状各論

1 皮膚症状

2 眼の症状

3 頭痛(頭重感)

4 胃腸症状

5 呼吸器症状

6 油症児について

三 油症患者の死亡について

四 症状鑑定について

五 症度と慰謝料額の算定について

六 死亡油症患者の相続関係等について

七 弁護士費用

第九 結論

別紙〈省略〉

〔一〕 原告ら目録

〔二〕 原告ら訴訟代理人弁護士目録

〔三〕 請求債権額一覧表

〔四〕 油症患者(原告及び死亡患者)被害一覧表

〔五〕 真正に成立を認めた証拠目録

〔六〕 認容金額一覧表

〔七〕 仮執行許容額一覧表

昭和五六年(ワ)第一、二七八号事件

第一次 原告1

田中春郎

外二八名

昭和五七年(ワ)第一一〇号事件

第二次 原告1

田邊武

外一九名

昭和五七年(ワ)第一、三五〇号事件

第三次 原告1

秋武フミエ

外八名

昭和五八年(ワ)四四六号事件

第四次 原告1

田中晃

外一二名

(一) 原告ら訴訟代理人弁護士

内田茂雄 松本洋一 多加喜悦男 島内正人 安永一郎

三浦久 吉野高幸 前野宗俊 高木健康 中尾晴一

住田定夫 配川寿好 臼井俊紀 横光幸雄 尾崎英弥

安部千春 田邊匡彦 塘岡琢麿 角銅立身 登野城安俊

江上武幸 神本博志 永尾廣久 堀良一 木梨芳繁

前田豊 渡邊和也 原正己 坂本駿一 清水正雄

池永満 南谷知成 出雲敏夫 諫山博 小泉幸雄

小島肇 林田賢一 林健一郎 津田聰夫 椛島敏雄

井手豊継 宮原貞喜 内田省司 田中久敏 上田国広

小野山裕治 坂口孝治 馬奈木昭雄 下田泰 稲村晴夫

横山茂樹 福崎博孝 塩塚節夫 柴田国義 中村照美

金子寛道 中原重紀 森永正 中村尚達 杉光健治

浜田英敏 河野善一郎 岡村正淳 吉田孝美 中山敬三

清源敏孝 竹中敏彦 千場茂勝 松本津紀雄 加藤修

衛藤善人 福田政雄 荒木哲也 伊志嶺善三 蔵元淳

小堀清直 井之脇寿一 鍬田万喜雄 立山秀彦 井貫武亮

吉川五郎 於保睦 田口隆頼 相良勝美 恵木尚

中田義正 馬淵顕 外山佳昌 緒方俊平 石口俊一

大国和江 鶴敍 坂元洋太郎 三浦諶 三好泰祐

増田義憲 島方時夫 二国則昭 原田香留夫 高村文敏

土田嘉平 梶原守光 横田聰 高野孝治 豊田秀男

嘉松喜佐夫 山崎季治 君野駿平 藤本哲也 西村忠行

川西譲 井藤誉志雄 藤原精吾 堀田貢 宮崎定邦

野澤涓 山内康雄 小牧英夫 田中唯文 須田政勝

石川元也 河村武信 徳永豪男 東垣内清 永岡昇司

細見茂 橋本敦 山下潔 井関和彦 西岡芳樹

太田隆徳 亀田得治 中田明男 井上善雄 鈴木康隆

小林保夫 臼田和雄 田中康雄 黒岩利夫 大川眞郎

並河匡彦 蒲田豊彦 吉岡良治 荒木宏 平山正和

松丸正 大江洋一 春田健治 佐々木静子 石橋一晁

松井清志 稲田竪太郎 川西渥子 山田一夫 木村奉明

吉田隆行 高田良爾 稲村五男 川中宏 中島晃

小林義和 野間友一 良原栄三 田川和幸 吉原稔

赤塚栄一 安藤厳 加藤恭一 石川智太郎 大矢和徳

原山剛三 花田啓一 加藤喜一 菅野昭夫 梨木作次郎

鳥毛美範 塩田親雄 榊原匠司 石田享 杉本銀蔵

小笠原稔 西沢仁志 奈賀隆雄 黒田勇 木澤進

葦名元夫 三野研太郎 横山国男 堀江達雄 川又昭

畑山穰 山内忠吉 陶山圭之輔 宮代洋一 杉井厳一

児鳩初子 村野光夫 畑谷嘉宏 篠原義仁 岩村智文

根本孔衛 田中富雄 池田輝孝 増本敏子 岡田啓資

坂井興一 小池通雄 市来八郎 飯田幸光 浜口武人

我妻真典 土生照子 藤本正 後藤昌次郎 斎藤義雄

佐々木恭三 田中敏夫 西村昭 松井繁明 坂本福子

柴田五郎 五十嵐敬喜 犀川千代子 犀川季久 松井康浩

鶴見祐策 床井茂 尾崎陞 大竹秀達 福田拓

豊田誠 鈴木紀男 鎌形寛之 池田真規 内藤功

小野寺利孝 二瓶和敏 戸張順平 大森典子 阿部正義

雪入益見 新井章 田原俊雄 山本博 兵頭進

四位直毅 朝倉正幸 古波倉正偉 西嶋勝彦 岡崎一夫

谷村正太郎 中田直人 小谷野三郎 村井正義 高橋清一

真部勉 島田正雄 高山俊吉 中村高一 須合勝博

鈴木亜英 二上護 竹中喜一 成瀬聰 斎藤展夫

高橋信良 田中巖 酒井幸 田村徹 石井正二

高橋高子 白井幸男 小林英雄 岩崎功 稲葉誠一

野上恭道 金井厚二 中村洋二郎 小海要吉 川村正敏

今井敬弥 坂東克彦 坂上富男 安田純治 鵜川隆明

大学一 永井修二 脇山弘 脇山淑子 金野和子

深井昭二 菅原一郎 菅原瞳 中村潤吉 山中邦紀

金沢茂 渡辺義弘 二葉宏夫 佐藤文彦 五十嵐義三

三津橋彬 廣谷陸男 横路孝弘 大巻忠一

(二) 内田茂雄訴訟復代理人弁護士

石松美智子

山原和生

戸田隆俊

田中利美

原田直子

山本一行

鈴木堯博

森田明

高坂隆信

被告

カネミ倉庫株式会社

右代表者代表取締役

加藤三之輔

被告

加藤三之輔

右被告カネミ倉庫株式会社、

同加藤三之輔両名訴訟代理人弁護士

有村武久

山﨑辰雄

清原雅彦

被告

鐘淵化学工業株式会社

右代表者代表取締役

高田敞

右訴訟代理人弁護士

白石健三

谷本二郎

松浦武

丹羽教裕

塚本宏明

石川正

藤巻次雄

西村寿男

右塚本宏明訴訟復代理人弁護士

国谷史朗

被告

右代表者法務大臣

住栄作

右指定代理人

高森正弘

難波江

鹿内清三

護摩所文雄

増田雅暢

富窪望

三木和彦

河野彬

石阪英雄

貝塚一郎

高橋徳一

被告

北九州市

右代表者市長

谷伍平

右訴訟代理人弁護士

松永初平

吉原英之

右指定代理人

田中学

武谷忠雄

青野純吉

大内治朗

大庭俊一

合田卓司

古賀信明

伊藤幸夫

岡村忠彦

古長和雄

右被告国、同北九州市両名指定代理人

麻田正勝

堀江憲二

美濃谷利光

工藤昭吉

家入幸雄

中嶋耕一

主文

一  原告らに対し、被告カネミ倉庫株式会社、同加藤三之輔、同鐘淵化学工業株式会社は、各自別紙〔六〕認容金額一覧表中「認容金額(一)」欄記載の各金員及びこれに対する昭和四三年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、被告国は、同一覧表中「認容金額(二)」欄記載の各金員及びこれに対する昭和四三年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を各支払え。

二  原告らの右各被告らに対するその余の請求及び被告北九州市に対する請求は、いずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告カネミ倉庫株式会社、同加藤三之輔、同鐘淵化学工業株式会社、同国との間に生じた分は、これを四分し、その一を原告らの、その余を右被告らの負担とし、原告らと被告北九州市との間に生じた分は原告らの負担とする。

四  この判決第一項は、被告カネミ倉庫株式会社、同加藤三之輔、同国の関係では各金額につき、被告鐘淵化学工業株式会社の関係では別紙〔七〕仮執行許容額一覧表中「仮執行金額(一)」欄記載の各金員及びこれに対する昭和四三年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員と同一覧表中「仮執行金額(二)」欄記載の各金員につき、それぞれ仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自各原告らに対し、別紙〔三〕請求債権額一覧表合計金額欄記載の金員及びこれに対する昭和四三年一一月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  (被告国、同北九州市につき)担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一請求原因

1  当事者

(一) 原告ら

原告らは、いずれも被告カネミ倉庫株式会社が製造し、その製造に当り熱媒体として使用していた塩化ビフェニールが混入した「カネミライスオイル」を販売店その他を通じて入手し、これを食用に供した結果、「油症」被害を被つた者あるいは死亡油症患者の相続人である。

(二) 被告カネミ倉庫株式会社(以下「被告カネミ」ともいう。)

被告カネミは、昭和一三年四月、九州精米株式会社として設立され、同二七年一二月カネミ糧穀工業株式会社と社名を変更し、更に、同三三年五月、現在の呼称に社名を変更し、本店を肩書地に移転した。

昭和三六年、訴外三和油脂株式会社(以下「訴外三和」ともいう。)から米ぬか精製の技術導入を受け、以来米ぬか油を製造して現在に至つており、その資本金は金五、〇〇〇万円で、その従業員数は約四〇〇名、製品油の販路は西日本一円にまたがつており、本社及び本社工場以外に広島市、大村市(長崎)、松山市、多度津市(香川)にそれぞれ工場を有している。

(三) 被告加藤三之輔(以下「被告加藤」ともいう。)

被告加藤は、被告カネミの前身であるカネミ糧穀工業株式会社時代の昭和二七年一二月代表取締役に就任し、同三六年四月米ぬか精製開始以来、製油部の担当取締役として、同四〇年一一月までは本社製油部工場長も兼務し、操業の決定、機械装置の保守管理の指揮並びにその設置、修理についての決定、製品の品質管理等の最高責任者をしてその業務に従事しているものである。

(四) 被告鐘淵化学工業株式会社(以下「被告鐘化」ともいう。)

被告鐘化は、油脂工業製品の製造、加工及び販売並びに無機、有機工業薬品の製造及び販売等を業とする株式会社であり、本店を肩書地に置き、東京に支社、福岡に営業所を持つほか一研究所三工場を有している。

昭和二九年ころからPCBを製造し、これに「カネクロール」という商品名を付して、化学工業、合成繊維工業はもちろんのこと、食品工業等にも広範囲にわたつて販売を継続してきた。

(五) 被告北九州市及び被告国

被告北九州市及び被告国は、いずれも行政権の主体であり、その行政の一部分として憲法及び食品衛生法に基づく食品衛生行政を実施する責任を負つているものである。

2  カネミライスオイルの製造工程及びカネクロール四〇〇の化学的性質

(一) 米ぬか油(ライスオイル)の製造工程は、二〇工程近くもあるといわれているが、被告カネミにおけるカネミライスオイル製造工程は、大要次のとおりである。

(1) 抽出工程は、原料米ぬかを選別(不純物や砕米等を除く。)乾燥し、ノルマンヘキサン溶剤を使用して粗製油(原油)と脱脂ぬかに分離する。

(2) 精製工程は、抽出分離した原油にポリリン酸ソーダを加えて金属を除去し、メタ燐酸ソーダを加えてガム質を抽出し、原油に加熱しながら水酸化ナトリウムを加えかくはんし、油分(粗脱ろう油)と、にかわ状のフーツに分離する(フーツは中和して粗脂肪酸(すなわちダーク油)とし、鶏などの配合飼料として利用されている。)。粗脱ろう油は、湯洗い冷却、綿布によるろ過のあと、白陶土を使用して脱色し、脱臭工程(カネクロール四〇〇が使用されているのはこの工程だけである。)を経て再び冷却・ろ過して加熱し、曇り止め(アンチコール)と泡立ち防止剤(シリコン)を加えて製品として完成するのである。

(二) カネクロール四〇〇とは、被告鐘化が製造販売している塩化ビフェニール及び塩化トリフェニールを成分とする商品の名称であるが、塩化ビフェニールは、芳香族炭化水素ビフェニールの塩素化合物であり、人体にとつては有毒であるから、カネクロール四〇〇を食品工業の熱媒体として使用することは極めて危険である。すなわち、食品工業において、食品を加熱するためにカネクロール四〇〇を熱媒体として使用する場合には、加熱炉で加熱されたカネクロール四〇〇を被熱物体である食品に接して設置された伝熱管内で循環させて食品を加熱することになるが、そのような場合、伝熱管としては、熱伝導率の高い金属を使用するのであるが、右伝熱管は各種の理由で劣化を生じ亀裂を生ずる可能性がある。

しかも、カネクロール四〇〇は利用中吸湿性に富む塩化水素ガスを発生するので、これが伝熱管内に入り込んだ水分と反応して塩酸となり、伝熱管を腐食する可能性も大きい。そして、右劣化・亀裂及び腐食などが生じた場合にはカネクロール四〇〇が被熱物体である食品に混入することになり、ひいてはこれを摂取した人体に極めて有害な作用を及ぼすことになるからである。

3  カネクロール四〇〇の食用油への混入経路

本件事故は被告カネミが昭和四三年一月三一日から試運転を始めた六号脱臭缶(旧二号脱臭缶=昭和三七年一〇月ごろから使用していた古い脱臭缶であつて、気密漏れの故障があつたので外注で修理させていたもの)の内槽(トレー)内に設置されたカネクロール蛇管の内巻最上段半周に数個の貫通孔(ピンホール、最大のもので二mm×七mm)が存在したところ、右試運転及びこれに引続く本格運転の昭和四三年二月初めの時期にかけて、右ピンホールからカネクロール四〇〇が脱臭油中に漏出、混入したことにより生じたものである。

そして、右のように蛇管にピンホールができたのは、被告カネミが加熱炉でカネクロール四〇〇を加熱する際、カネクロール四〇〇が分解して塩化水素が発生し、カネクロールの循環系統内に存在した少量の水に溶けて塩酸になり、これが長期間にわたつてステンレス製の蛇管を腐食させたことが原因になつたものである。

4  被告カネミの責任

(一) 被告カネミには次のとおり食品製造業者として著しい過失がある。

前記のとおり被告カネミは昭和三六年に訴外三和より本件精製装置(とりわけその中で重要な機能を有するのは脱臭工程)を導入したものであるが、右導入に際し、食品製造販売業者として安全な製品が製造できるかどうかを検討すべき注意義務があるので、右義務を尽したならば、脱臭工程では有毒で重大な人体被害をもたらすカネクロール四〇〇が使用されており、カネクロール蛇管の管壁である薄いステンレス板一枚を隔ててカネクロールと食品油が相接するという脱臭工程の装置の構造上、製品油にカネクロールが混入する可能性が大であり、しかも右混入の有無を検出することは極めて困難であるため、製品油の安全確保に問題があることが判明したはずであるのに、漫然と右装置を導入した過失により、本件油症事件が生じたものである。

(二) 更に右装置を導入して運転操業していく際にも、次のような過失があつた。

(1) 被告カネミとしては、カネクロール四〇〇を使用するにあたつて、安全な物質かどうか調査し、もし当時の調査でその危険性について不明な点があれば、使用するべきでなかつたにもかかわらず、被告鐘化のカネクロールについてのカタログを見た以外、特にカネクロールの毒性、危険性について格別な検討をなさず、漫然と利用を継続したものである。

(2) また被告カネミとしては、カネクロールなどの異物を絶対に食用油に混入しないようにすべきであるのに、右カネクロールの金属腐食性について被告鐘化のカタログ記載(高温においても金属に対する腐食はなく、使用材料の選定は極めて自由である旨の記載)や訴外三和の岩田文男の説明などを軽信して、カネクロールを過熱させないよう注意して蛇管等カネクロール循環系統の金属の腐食を防止する措置をなんら講じなかつたものである。

(3) 更に被告カネミは製品油にカネクロールが混入する可能性があるにもかかわらず、カネクロールが製品油中に混入した場合の検出方法について、なんらの措置をもとらなかつたものである。

(三) よつて被告カネミの右過失により本件油症被害が生じたものであるから、右被告は民法七〇九条により、原告らが被つた損害を賠償する義務がある。

5  被告加藤の責任

(一) 前記のとおり、被告加藤は昭和二七年に被告カネミの前身であるカネミ糧穀工業株式会社の代表取締役に就任し、同三六年四月三和方式の米ぬか油精製装置の導入と同時に製油部担当取締役と本社工場の工場長に就任し、本社工場長としては、同四〇年一一月まで、その他の業務には現在まで従事している者であるが、同三六年四月に訴外三和の脱臭装置の技術導入とそれに伴うカネクロールの使用を被告カネミが決定するにあたつては最高の責任者として決定的役割を果したものである。

そして、更にその後も、昭和四〇年一一月までは、製油部担当取締役として事故防止のため右脱臭工程で利用する熱交換器の劣化、損傷、腐食を確実に発見する手段、方法を講ずるなどの措置をとるべき地位にあつたものであるし、また同四〇年一一月以後森本義人に工場長の地位を譲つたものの、同人の直属の上司としてなお工場の操業、製油装置の設置、管理、製品の品質検査、管理、製品価格の決定等すべてを統括してきた。

したがつて、被告加藤は、本件油症事件において欠陥ある食用油が製造販売された昭和四三年二月当時製油部門の森本工場長をはじめとする約八〇名の有機的な人的組織全体を直接指揮監督してきた者として、右製油部門の前記不法行為について民法七一五条二項の代理監督者責任を負うものである。

(二) 仮に、右代理監督者責任を問うにあたつては、有機的な人的組織全体ではなく、特定の従業員の不法行為が必要であるとしても、少なくとも本件油症事件当時工場長であつた森本義人には、カネクロールの混入した食用油を製造し、販売に供した点について不法行為があり、前記のとおり被告加藤は右森本に対して被告カネミに代つて代理監督の責任があつた者であるから、同様に民法七一五条二項の責任を負うべきである。

6  被告鐘化の責任

(一) 第一の責任―PCBを我が国で独占的に製造販売した責任

(1) 前記のとおり、PCBは人体にとつて極めて危険な物質であり、その大量生産と大量使用(消費)の結果、現在では環境と人体にとつて重大な被害をもたらしている。

このような危険な合成化学物質を大量に製造、販売して流通に置き、第三者の利用に供する者は、その合成化学物質の利用によつて人体に危害を加えることのないように安全を確保する義務があるというべきである。

(2) ところで、被告鐘化は日本有数の化学企業として、昭和二九年にPCBの工業的生産を我が国で初めて本格的に開始した者であるから、右安全確保義務は特に重いものであつて、PCB(カネクロール)の毒性、裏返していえばその安全性について学問的に最高水準まで掘り下げた調査研究をし、その結果やその用途に応じた安全な取扱方法を需要者に全面的に周知徹底させる等の措置をとつて、PCBの利用により危険が発現しないよう安全を確保すべき高度の注意義務があつた。

(3) しかるに、被告鐘化は内外の文献等によりPCBの危険性について十分に認識していたにもかかわらず、大量にPCB(カネクロール)を製造し、毒性及びこれに対応する安全な取扱方法について十分な情報を需要者に提供しないまま、販路拡大に努め、大量に社会に放出し続け、そのため利用者をしてPCBを杜撰に使用させ、かかる危険物質を安易に大量利用、大量廃棄させる状況を作り出したものである。

(4) そして、被告鐘化の右安全確保義務違反行為により、広範なPCBによる環境汚染、人体汚染が引き起されたのであり、本件油症事件はかかる状況のもとで、前述のとおり被告カネミの通常の操業過程において腐食のため熱交換器である蛇管にピンホルができ、カネクロールが漏出して食用油に混入した事故であり、いわば発生すべくして発生した事件であるから、被告鐘化は民法七〇九条により原告らが被つた後記損害を賠償する責任を負うものである。

(二) 第二の責任―PCBを食品工業用熱媒体として販売したことによる責任

(1) 被告鐘化がPCBを食品工業用の熱媒体として販売し、食品製造業者の利用に供したことは、右被告の化学企業としての前記安全確保義務をより一層高度のものとするものである。

すなわち、食品は人間の生命、健康にとつて絶対に安全なものでなければならないから、食品製造に関してはその安全性が何よりも重視されるべきであるが、今日では食品は商品として大量にかつ広い地域に流通し、また食品製造には数多くの企業が直接間接に関与し、多くの化学物質が食品に関連を持つようになつているため、食品事故発生の危険性は飛躍的に増大しているのである。

一方前記のとおり、PCBは人体、環境にとつて極めて危険な物質であり、その使用に伴つて人体に被害を及ぼす危険性の強い物質であるところ、PCBを食品工業用の熱媒体として使用することは、熱交換器と熱媒体の性質から伝熱管(本件の場合は蛇管の管壁であるステンレス板)を境としてPCBと食品とが相接して使用されることであり、右ステンレス等の金属板はさまざまの原因や態様で劣化、損傷を生じることは避けられず、しかもその原因と現象は多様で複雑であるため、これを防止することは困難であり、更にPCBを熱媒体として使用した場合にはPCBの加熱分解により塩化水素を発生し、水が存在すると、塩化水素が水に溶けて塩酸を生じ、金属を腐食させる可能性がより一層強まることとなるから、PCBが食品中に混入する危険に日常的にさらされているということにほかならないものである。

被告鐘化はこのようなPCBを食品工業の熱媒体として使用することの危険性を十分認識していたし、また少なくとも認識すべきものであつた。

(2) したがつて、被告鐘化としては、右認識が存する以上PCB(カネクロール)を食品工業の熱媒体として販売利用することは本来避けるべきものであり、少なくとも販売する場合には、食品の安全確保のためPCBを絶対に食品に混入せしめないように、あらかじめ調査義務を尽して得た結果に基づいて、PCBの毒性や金属に対する腐食性、食品への混入防止方法、混入した場合の発見及び処理の方法といつた危険除去のための適切な手段方法を需要者に周知せしめるべき高度の注意義務があつたものである。

(3) しかるに、被告鐘化はPCBを食品工業の熱媒体として積極的に宣伝し、販売したばかりでなく、右販売に当つても専らPCB(カネクロール)の有用性のみを強調し、その毒性についてはカタログで「若干の毒性はあるが、実用上はほとんど問題にならず、液が付着すれば石鹸で洗えばよく、火傷部についたカネクロールはそのままでもよい」旨記載し、カネクロールの需要者にその毒性の強さ、内容等を周知させず、むしろその毒性につき安心感を与えかねない誤つた記載をしたばかりでなく、カネクロールの金属腐食性についても同様にカタログで「高温においても金属に対する腐食はなく、使用材料の選定は極めて自由であります。」等記載し、カネクロールの需要者に対し装置の腐食について誤つた安心感をそそる記載をしたものであり、更に食品ヘカネクロールが混入した場合の発見及び処理の方法等カネクロールの食品への混入事故を防止及び処理する適切な手段、方法をなんら需要者に周知せしめなかつたものである。

(4) そして、被告鐘化がカネクロールを食品工業の熱媒体として販売し、しかもその販売に当つて、右安全確保義務を尽さなかつたばかりでなく、むしろその安全性を誇大に宣伝強調したために、被告カネミにおいて、カネクロールを加熱炉で加熱する際、過熱によつてカネクロールが分解し塩化水素が発生しないよう注意するとか、あるいは仮に脱臭工程においてカネクロールがライスオイルに混入する事故が発生したことを認識したとすれば、これを廃棄する等の慎重な取扱いをすることなく、後者の場合再脱臭という姑息な方法をとつただけで製品として出荷し、その結果本件油症事件が発生したものであるから、被告鐘化は民法七〇九条に基づき本件により原告らが被つた後記損害を賠償する義務があるものである。

7  被告国及び被告北九州市の責任

(一) 被告国のPCBの大量生産と大量使用を放置した責任

PCBは人体と環境にとつて極めて危険な物質であり、本件油症発生以前に既に内外の学者や研究者によつてその危険性が警告されていたものであるから、国としては、PCBの危険性すなわちPCBが大量に生産、販売された場合、その使用、消費、廃棄の過程で人体と環境に被害を及ぼすことを十分予見しえたものである。したがつて、国は「毒物及び劇物取締法」、「薬事法」、「食品衛生法」等の関係法令による権限や行政指導を駆使してPCBに対する適切な規制を行うべき注意義務があつたものというべきである。

これは、日本国憲法が国民の生命、健康の保全を人権規定の中でも至上のものとし、同法一三条、二五条等で国政の重要な目標と宣言していることから、国は国民の生命、健康の保全を目的として付与されている権限を駆使してその実現を図る法的責務、つまり安全確保義務を負つているからにほかならない。

しかるに、国は本件油症事件が発生するまでPCBについての規制を一切行うことなく放置していたばかりか、PCBの開発、国産化を指導、奨励し、PCB(カネクロール)を昭和三二年不燃性絶縁油として、同三八年にはトランス用の絶縁体として、それぞれJIS規格に指定し、PCBの大量生産、消費とその危険な用途拡大を間接的に促進して本件カネミ油症事件の原因を作つた。

右のように、PCBについてなんらの規制もせず放置していた国の不作為は、安全確保義務に違反し、その法的責任を問われるべきものである。

(二) 食品による危害から国民の生命、健康を守る責任

(1) 前記のとおり、国には国民の生命、健康を守るべき義務があり、国民の生命、健康と関わりのある食品の安全性の確保については食品衛生法が制定されている。食品衛生法は、その一条で「飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、公衆衛生の向上及び増進に寄与すること」を法の目的としているもので、同法は消費者である個個の国民に対して、安全な食品の供給を確保することを行政庁の基本的義務とするものである。

したがつて、国は「飲食に起因する危害の発生を防止するため」にその権限を行使して、本件油症事件のような食品公害の発生を防止すべき法的義務を負つているのである。

(2) 内閣の不作為の違法性

食品衛生法二〇条は、「都道府県知事は、飲食店営業その他公衆衛生に与える影響が著しい営業であつて、政令で定めるものの施設につき、業種別に、公衆衛生の見地から必要な基準を定めなければならない。」と定め、同法二一条一項は、「前条に規定する営業を営もうとする者は、省令の定めるところにより、都道府県知事の許可を受けなければならない。」と定めている。これは、食品の安全を守るための一つの方法として、食品関連業者のうち危険性を有する営業については、これを許可制にして、このような営業を営業開始の時点で規制し、その後も営業の監視などを適正なものにしていこうとするものである。食品衛生法は、内閣に対して、常に食品営業の実態を把握し、国民に被害を与えるおそれのある「公衆衛生に与える影響が著しい営業」については、営業許可業種に指定することを委託しているのであつて、内閣は、右業種を営業許可業種に指定する義務を負っているのである。

ところで、食用油製造業については、本件油症事件発生までは営業許可業種に指定されず、事件発生後昭和四四年になつてようやく指定されたものであるが、被告カネミにおけるライスオイル製造工程に示すとおり、食用油は多数の化学物質を使用し、複雑な工程を通つて作られており、決して安全な業種ということはできず、またかなり広範囲な販路を持つている者が多く、一旦事故が発生すると被害は広範囲に及ぶことになり、公衆に与える影響は決して少なくない。

これらのことを考えると、内閣は同法二〇条の委託に基づいて、食用油製造業を政令でもつて営業許可業種に指定して、食用油製造業者に対して、熱媒体やその他の使用化学物質による被害を防止できる基準を厚生大臣や都道府県知事に決めさせるべきであつた。

したがつて、内閣が昭和四三年油症事件発生前に食用油製造業を営業許可業種に指定しなかつたことは、食品衛生法二〇条に違反し、国家賠償法一条一項の違法となるものである。

(3) 厚生大臣の不作為の違法性

食品衛生法七条一項は、「厚生大臣は、公衆衛生の見地から、販売の用に供する食品若しくは添加物の製造、加工、使用、調理若しくは保存の方法につき基準を定め、又は販売の用に供する食品若しくは添加物の成分につき規格を定めることができる。」と規定し、同法一〇条一項において、「厚生大臣は、公衆衛生の見地から、販売の用に供し、若しくは営業上使用する器具若しくは容器包装若しくはこれらの原材料につき規格を定め、又はこれらの製造方法につき基準を定めることができる。」と規定している。

これらの厚生大臣の権限は、食品の安全を確保するために、国民が食品衛生法によつて厚生大臣に委託したものであるから、厚生大臣は、国民に対しこれらの食品衛生法によつて付与された権限を適正に行使して、食品被害の発生を防止すべき義務を負うものである。

そして、PCBを熱媒体として使用する熱交換器や脱臭装置は、右一〇条一項に規定している「営業上使用する器具」や「これらの原材料」に該当し、これらの物を使つての食品製造は、「食品の製造加工」に該当するものであるから、厚生大臣においては、PCBを熱媒体として使用している食品工場が多数存在し、それにより国民が被害を受ける危険性が客観的に存在した以上、右食品衛生法上の権限を適切に行使して、PCBの食品工業での使用を禁止するなり、あるいは適正な規格、基準を定めるなりして被害の発生を防止すべき義務があるのに、油症事件が発生するまでこのような措置を全くとらなかつたものであつて、厚生大臣には食品衛生法上の義務違反があり、ひいては国家賠償法一条一項の違法となるものである。

(4) 被告国、同北九州市の被告カネミに対する食品衛生法上の規制権限不行使の違法性

(イ) 被告カネミの営業許可(更新)の際の権限不行使の違法

北九州市における食品衛生行政は、同市が政令指定都市であるため、食品衛生法上都道府県又は都道府県知事が国の機関委任により行うものとされている事務のうち同法二〇条の規定による基準の設定に関する事務以外のすべての事務について同市又は同市長が国の機関委任により処理すべきものとされており、本件において食品衛生法上の福岡県知事や同市長の行為、不行為は、即国の行為、不行為となるものである。

しかして、食品衛生法二一条は、同法二〇条により政令で指定された営業を営もうとする者は、都道府県知事(政令指定都市にあつては市長)の許可を受けなければならない旨定めている。この規定は食品による被害を防ぐために営業許可という制度をとり、公衆衛生に与える影響の大きな業種については、個個的に知事又は市長の許可を得なければ営業ができないようにしたものである。右知事又は市長の権限は、国民の食生活の安全を確保するために食品衛生法が与えたものであり、知事又は市長においては、国民に対してこの権限を適正に行使して危険な食品営業者の発生を防止する義務を負うものである。

ところで、被告カネミはその製品であるライスオイルをびん詰にして出荷していたが、かん詰、びん詰製造業は前記許可業種に当るため、昭和三六年福岡県知事に対して営業許可申請がなされ、次いで同三九年、四二年に北九州市長(その後北九州市が政令指定都市になつたため)に対し更新許可申請がなされた。右更新許可申請に当つては、食品添加物が規格に合致するかどうか、油の製造工程中油が露出する部分で異物混入がないか、古いびんの洗浄、殺菌が十分になされているかどうかの調査のみで、被告カネミの脱臭工程についてはなんらの調査もなされなかつた。

福岡県知事や北九州市長が、被告カネミからの営業許可申請や更新申請に対しては、脱臭工程についても安全を確認する義務があり、まして同被告の脱臭工程は熱媒体にPCBを使つているため決して安全と言えないのにそれを看過し、なんの条件も付けずに営業許可、更新をなしたのは、食品衛生法二一条に違反し、ひいては国家賠償法一条一項の違法性を帯びるものである。

(ロ) 被告カネミの施設についての監視、製品検査についての権限不行使

食品衛生法は、前述の目的を達すべく食品、食品添加物、器具、容器、包装などについて種種の規制をし、また各行政機関に種種の権限を付与しているが、そのほか食品衛生行政を行ううえで不可欠のものとして食品衛生監視制度を設けている。

すなわち、食品による危害を予防するためには、食物の製造、加工、調理、保存、運搬、販売などの諸操作に使用する施設、機械、器具などの構造、機能その他の状態の把握及びこれら諸施設の清掃、運営取扱状況の観察が必要であり、そのためには、食品を製造、加工、調理、保存、運搬、販売する諸操作に必要な施設、機械、器具の構造、機能の状態又はこれらの清掃、運営の取扱状態が常に安全な状態に保持されているか否か監視することが必要とされるからである。

右制度の趣旨にそつて国及び一定の地方公共団体に食品衛生監視員が置かれることとされている。

食品衛生監視員の主たる権限は、前述した制度の趣旨からして食品衛生監視及び指導並びに飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止するため必要がある場合に行う報告、臨検、検査、試験用の収去に関する事務である(同法一九条、同法一七条参照)が、そのほか営業の許可等の事務をも併せ行なつている。

右権限を的確に行使しうるように食品衛生監視員は、一定の資格(同法一九条四項、同法施行令四条参照)を要するものとされ、更に監視又は指導の実施に当つては定められた食品衛生監視票を使用して行うこととされ(同法施行規則一八条の二参照)、各営業種別ごとに年間に監視すべき最低基準回数が定められている(同法施行令三条)。

被告カネミ製油部の営業は、昭和四三年当時においては、かん詰又はびん詰食品製造業として食品衛生法上の規則の対象とされていた(同法施行令五条参照)。

そのため、被告カネミはその製油部の営業について同法、同法施行令及び同法施行規則の定めにより許可申請をなし、北九州市長より営業の許可を受け規制の対象とされていた。

しかして、食品衛生法施行令三条によれば、かん詰又はびん詰製造業者に対しては年一二回の監視をなすべきこととされている。

しかるに、被告カネミを担当していた同市の食品衛生監視員別府三郎は年に二、三回程度の監視を行つたにすぎない。

そして、昭和四三年二月初旬被告カネミ製油部の脱臭工程中六号脱臭缶のステンレス製蛇管には腐食孔が生じており、そのため脱臭工程中に熱媒体として使用されていた塩化ビフェニールがライスオイル中に混入した。

言い替えれば当時、被告カネミは、食品衛生法四条二号又は四号に該当する不衛生食品を販売し、かつ、販売の用に供するために製造、貯蔵していたのであり、しかもその施設は製造工程に使用する器具の補修が十分なされていないために異物(塩化ビフェニール)が食品に混入しやすい状況であつたのである。

かかる状況のもとで同年二月中旬小倉保健所の食品衛生監視員が同被告工場の施設の監視を行つたのである。

食品の安全性を確保するためには、食品関係営業施設等に対する監視指導が、常に適切に行われる必要のあることはいうまでもい。

特に食品の製造工程が複雑になつた近年の状況では食品の製造加工の工程や保存取扱に関し、特に衛生上の配慮を要する業種や食品について重点的に監視指導を実施しなければならない。

ところで、前記のごとく、食品衛生監視員が施設の監視業務を行う場合には食品衛生監視票に基づき行うのであるが、右監視票にはその一項目として「補修はよいか」との項目があり、使用中の器具について破損等の有無を監視し指導すべきものとされている。

いうまでもなく、かかる監視はすべて食品衛生法一条にいう飲食物に起因する衛生上の危害の発生を防止するための行政の一作用として行われるのであるから、特に右製造工程中に使用される器具の補修等についてみる場合にも器具の良否による飲食物への異物混入の危険性を考慮して重点的な監視指導を行うべきは当然である。

しかして、前記被告カネミ製油部における食品衛生監視においては、前記脱臭工程には塩化ビフェニールという人体に有毒な物質が使用されているのであるから、特に右工程の器具の補修の状況について重点的な監視をしなければならない注意義務があるものといわなければならない。

また、食品衛生監視員が営業施設の監視を行うに際して器具の破損等により有害な物質が食品中に混入しているのではないかとの合理的な疑いを生じた場合には、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止しなければならない職責上、食品衛生法一七条の権限を発動して危害の発生を防止すべき作為義務があるものといわなければならない。

しかるに、前記食品衛生監視員は、その注意義務を怠り漫然と被告カネミ製油部の営業施設の見学程度の監視しか行わなかつたため、右脱臭工程の器具の補修の状況になんら疑いを抱くこともなくその監視を終え、したがつて、製品検査、収去その他食品衛生法一七条所定の権限を発動することもなかつた。

ところで、右食品衛生監視員が前記注意義務を尽そうとすれば右脱臭工程中の器具補修の状況を知るためには、例えばカネクロールの使用量の推移について調査しさえすればほぼその大要は把握し得たのである。

しかして、前記食品衛生監視員が右のごとき注意義務を尽せば、右脱臭工程中の器具の破損及びそれに伴う食品への異物(塩化ビフェニール)混入は容易に察知できたのである。

したがつて、右食品衛生監視員は、前記作為義務を尽し、食品衛生法一七条所定の収去等を行わなければならなかつたのであり、そうすれば数日を経ずして昭和四三年二月上旬に製造されたカネミライスオイル中に塩化ビフェニールの混入していることは明らかとなり本件油症事件の発生は未然に防止することができた。

(三) ダーク油事件における被告国の責任

(1) ダーク油事件の概要と行政の対応

(イ) 昭和四三年二月中旬から同年三月中旬にかけて、西日本一帯に鶏(ブロイラー)の雛が大量に死亡するという事件が起つた。当初はウイルスによる鶏の伝染病であるニューカッスル病ではないかと思われたが、まもなく特定の配合資料が原因になつていると疑われた。その被害は同年三月下旬の調査では約六〇万羽、同年七月の調査では約二〇〇万羽に達し、そのうち約四〇万羽がへい死した。

(ロ) 福岡県においては、同年二月下旬から鶏の奇病が発生し、直ちに県下の全家畜保健所に緊急連絡し、その後同年三月一二日東急エビス産業株式会社(以下「東急エビス産業」ともいう。)の福岡工場に立入調査を行い、その時点で原因は被告カネミ製のダーク油であると推定したうえ同月二六日から再現試験を行い、同年四月二五日までに全例死亡し再現を確認した。

(ハ) 農林省福岡肥飼料検査所(以下「福岡肥飼検」ともいう。)は、同年三月一四日鹿児島県畜産課から、「ブロイラー団地に原因不明による鶏のへい死事故が多発し、原因は配合飼料によるらしい。」との電話連絡を受け、翌一五日農林省畜産局流通飼料課に右事故の発生を報告すると共に、右配合飼料メーカーである東急エビス産業の製造課長から、同社製造の配合飼料Sブロイラー、Sチックの二銘柄が右事故の原因物質とみられること、右二銘柄の製品、生産、出荷、原料の品質状態等について報告を受けたが、その際同銘柄が他の銘柄と特に異なつた原料としているものは、被告カネミ生産にかかるダーク油であることが判明した。そして、福岡肥飼検は東急エビス産業に対し、右二銘柄の生産と出荷の停止を指示すると共に、顛末書の提出を求め、同月一九日には他の事故原因とみられる配合飼料メーカーである林兼産業株式会社(以下「林兼産業」ともいう。)にも同様に顛末書の提出を求めた。

更に、福岡肥飼検は、同月一九日には東急エビス産業に係官を派遣し立入調査をすると共に、林兼産業飼料部製造課長からも事情を聴取した後、同月二二日被告カネミの事前了解を得て飼料課長矢幅雄二と同課係員水崎好成の二名に被告カネミ本社工場に立入調査を行わせた。右立入調査後の同月二五日、福岡肥飼検は農林省本省の指示により同省家畜衛生試験場(以下「家畜衛試」ともいう。)に対し、関係配合飼料やダーク油を添えて再現試験及び原因物質の究明を目的とした病性鑑定を依頼した。

(ニ) 家畜衛試では小華和忠が中心となり、同年四月一七日以降四週間にわたり中雛を使用し、製造月日が二月一五日に近い鑑定材料(事故の原因になつたと思われる飼料)について中毒の再現試験を行なつた。その結果右鑑定材料のすべてについて毒性が再現され、またその臨床症状は九州地方において発生した中毒症状に極めてよく類似し、食欲減退、活力低下、翼の下垂、次いで腹水、食欲廃絶、嗜眠などが認められ、更に剖検所見も同様に九州地方において発生した中毒鶏のそれに類似し、心嚢水及び腹水の著増、胸腹部皮下の膠様化、出血、上頸部皮下の出血などが認められた。

以上により、家畜衛試は同年六月一四日福岡肥飼検に対し病性鑑定回答書を提出したが、同書面によると、右鑑定材料及びダーク油に毒性があり、鶏雛に対して致死的作用のあることを確認すると共に、ダーク油事件は配合飼料製造に使用したダーク油に原因するものと思われること、ダーク油の発光分析の結果、鉛、砒素、マンガン、ガドミウム、銀、スズが検出されなかつたこと、本中毒と極めてよく類似した鶏の中毒がアメリカのジョージア、アラバマ、ノースカロライナ及びミシシッピーの各州に一九五七年に発生しているというシュミットルらの報告があるが、この報告によると毒成分の本態が非水溶性の成分であることのみは明らかにされていること、本病鑑例の毒成分とアメリカで発生した中毒の毒成分とが全く同一であるかどうかは不明であること、油脂製造工程中の無機性有毒化合物の混入は一応否定されるので、油脂そのものの変質による中毒と考察されること、などが記載されていた。

(2) 福岡肥飼検ないし農林省畜産局においては、ダーク油事件の原因が被告カネミのダーク油であるという嫌疑は、事件発生直後、おそくとも昭和四三年三月二二日には固まつていた。

ところで、ダーク油事件の原因が被告カネミのダーク油であるということが判明すれば、それは我が国鶏病史上最大規模の被害をもたらしたものであるだけに、鶏肉、鶏卵の安全性又は危険性を確認する必要が生じ、また我が国最大の鶏病被害としてのその原因及び原因物質を究明して行くうえでも、ダーク油の製造工程のチェックが必要となり、それらの過程で、農林当局(農林大臣)と厚生当局(厚生大臣)とが「有機的連携を保つて」病鶏の鶏肉、鶏卵が食用に供される危険を防止しようとすれば、食用油の危険は当然予見できるものである。

国家賠償法上の国の予見可能性は、個個の行政庁ではなく有機的統一体としての国の予見可能性があれば十分であるが、以下農林大臣、厚生大臣の予見可能性について言及する。

(3) 農林大臣の予見可能性

(イ) 前記のとおり、農林省畜産局流通飼料課を中心とする農林行政当局とりわけ福岡肥飼検の原因究明によりダーク油事件の原因がダーク油にあることが判明し、現地立入調査の結果、ダーク油とライスオイルとは同一企業、同一工場で、しかも米ぬかという共通の原料から同一製造工程によつて製造されていることを知りえたのであるから、ダーク油に有毒物が含まれていることが疑われる以上ライスオイルの安全性についても疑問を抱くのはむしろ当然のことであり、現に福岡肥飼検の矢幅飼料課長は、右立入調査の際、「食用油は大丈夫か。」と質問をしている。

この段階で、問題のダーク油出荷前後のライスオイルを入手してこれを飼料に加えて鶏に与える飼育試験などの方法をとつておれば、ライスオイルにもまたダーク油と同じ毒物が含まれていたことが容易に判明しえたはずである。

(ロ) 本件病性鑑定を依頼された家畜衛試では、鑑定の結果「油脂そのものの変質」という回答をしたが、実は一九五七年アメリカにおいて本件被害鶏と極めて類似した病像を呈する病気で大量の鶏がへい死し、チック・エディマ病と名付けられ、その原因に関する研究報告が発表されているが、その文献によると有機塩素系化合物が右チック・エディマ病の原因物質とされており、東急エビス産業においても、ダーク油事件発生直後からチック・エディマ病に着目して原因究明に当つていた。

これに対して小華和鑑定は、ダーク油事件の原因究明に真剣に取り組まず、見当違いの回答をしたものであり、ダーク油事件の解明を混乱に陥れ、ライスオイルの有害性に着目する機会を失わせたといわなければならない。

(4) 厚生大臣の予見可能性

食品の生産、流通に関する農林行政と食品の安全に関する食品衛生行政との緊密な関係から言えば、厚生大臣と農林大臣とは有機的統一体として把握され、前記(3)の農林大臣の予見可能性はそのまま厚生大臣の予見可能性に直結する。

そうでないとしても、ダーク油事件に関して特定の食品の安全確保のためあるいは被害鶏の鶏肉、鶏卵が食用に供されないようにするため、農林行政当局(農林省畜産局)と厚生行政当局(厚生省環境衛生局)が有機的連携を保つて職務を行うのでなければその目的を達しえない場合には、農林大臣と厚生大臣とは一個の行政当局と同視しうるのであつて、農林大臣の予見可能性はそのまま厚生大臣のそれに結びつくことになる。

(5) 国は、福岡肥飼検が被告カネミの立入調査をした昭和四三年三月二二日ころ、おそくとも同年四月下旬ころまでには、ライスオイルによる人身被害の可能性について予見が可能であつたから、被告国の機関である厚生大臣及び食品衛生行政を担当する北九州市長は、食品衛生法一七条、二二条に基づき食品の収去、廃棄等を命じ、更には被害の発生を防止するためカネミライスオイルの出荷販売停止、使用停止等応急の措置を直ちにとるべき義務があつたものである。

しかるに被告国(厚生大臣ないし北九州市長)は、右予見可能性を有しながら右の義務を怠り、なんらの適切な措置をもとらなかつたことによつて本件油症被害が発生ないし拡大したものであるから、国家賠償法一条一項により原告らが被つた損害を賠償すべき責任がある。

(四) 結論

以上のいずれによつても、被告国は、国家賠償法一条一項により原告らが被つた後記損害を賠償すべき責任があるが、被告北九州市もまた前記(二)の(4)及び(三)の北九州市長及び食品衛生監視員の給与を支払い、その他費用を負担するものであるから、国家賠償法三条一項により被告国と並んで損害を賠償すべき責任がある。

8  原告らが被つた損害

(一) 包括、一律請求

(1) カネミ油症の被害者は、当初原因が判明せず、全身の吹出物・皮膚の変色・脱毛等の諸症状のため、社会からは奇病として白眼視され、計り知れない精神的苦痛を被つた。

被害者は、原因が判明したあとも塩化ビフェニールが体内脂肪組織と親和性があるため、被害者の体内の諸器官組織に沈着して内臓諸器官の障害を誘発し、しかも塩化ビフェニールの体外排出もほとんどなく体内を移行するため、症状は一進一退を繰返し、更に動脈硬化・高血圧・狭心症・神経痛・しびれ等の続発症を生ずる例も多く、今なお多数の被害者が吹出物、頭痛・腹痛・胃・腸・肝臓・呼吸器等の内臓障害を伴う全身性疾患で苦しんでおり、死亡していつた被害者も既に一〇二名を超えている。しかもその死亡例中、半数近くが悪性肉腫いわゆる癌で死亡しており、被害者の癌に対する不安感は、それによる死亡者が増えるたびに増している。

他方では、油症の母親からその胎盤を通して油症新生児いわゆる黒い赤ちやんが次次と生まれているが、油症新生児の場合には、油症による発育未熟のため将来いかなる事態が起るか全く予測できない。

しかも、油症被害は、それが家族発症であることから被害者の苦しみは極めて深刻で幾重にも倍加されたものとなつており、更にこの油症被害の治療方法は、現代医学上まだ確実なものは何一つ開発されていない状況にある。

油症被害者は、その症状が今後どう変化していくのか不安に脅えながら、全治の見込みのないまま単に対症療法のため入院又は通院を強いられている。

(2) 原告らのうち、別紙〔三〕請求債権額一覧表中の固有分の損害賠償を請求している原告らは、別紙〔四〕油症患者(原告及び死亡患者)被害一覧表記載のとおり、カネミライスオイルを食用に供した結果、同表記載のとおりの各傷害を被り、それぞれ油症患者であるとの認定を受けているものであり、別紙〔三〕請求債権額一覧表中の相続分の損害賠償を請求している原告らは、別紙〔四〕油症患者(原告及び死亡患者)被害一覧表記載のとおり、カネミライスオイルを食用に供した結果、同表記載のとおりの各傷害を被り、死亡していつた認定油症患者の相続人である。

(3) 原告らの生活は、油症によりその根底から破壊され、家庭は崩壊し、人間の尊厳は侵され、人間としてのすべてが破壊されてしまつたのである。その被害を正しくとらえ、被害の全面的救済を図るためには、被害を個別のものとして考えるのではなく、現実に受けている損害のすべてを総体として有機的に関連させてとらえ、包括的に認めなければならない。

(4) 右のとおり、原告らが油症によつて被つた経済的、肉体的、精神的損害は甚大であり、しかも個個の油症被害者についてランク付けすることはできないものであるが、年若い者ほど長年月にわたつて油症被害に苦しみ続けることを考慮すれば、原告らが被つた損害をあえて金銭で評価するとき、被告らは原告らに対し包括損害の一部として一律に以下の各金額を支払うのが相当である。

(イ) 基準日(昭和四三年一一月一日、以下同じ。)において満三一歳未満であつた(すなわち昭和一二年一一月二日以降に出生した)患者について

生存患者  二、五〇〇万円

死亡患者  三、〇〇〇万円

(ロ) 基準日において満三一歳以上、五一歳未満であつた(すなわち大正六年一一月二日以降昭和一二年一一月一日以前に出生した)患者について

生存患者  二、三〇〇万円

死亡患者  二、八〇〇万円

(ハ) 基準日において満五一歳以上、六一歳未満であつた(すなわち明治四〇年一一月二日以降大正六年一一月一日以前に出生した)患者について

生存患者  二、〇〇〇万円

死亡患者  二、五〇〇万円

(ニ) 基準日において満六一歳以上であつた(すなわち明治四〇年一一月一日以前に出生した)患者について

生存患者  一、八〇〇万円

死亡患者  二、三〇〇万円

(5) 死亡した油症患者の相続関係は次のとおりである。

(イ) 油症患者小澤浩は昭和五五年一二月五日に死亡した。同人の相続人は妻小澤カズ、長女川﨑登志子の二名である。原告小澤カズは、右浩の妻として同人の権利の三分の一を、原告川﨑登志子は、右浩の長女として同人の権利の三分の二をそれぞれ相続した。

(ロ) 油症患者中垣了は昭和五六年三月二四日に死亡した。同人の相続人は妻中垣貞子、長男中垣良平の二名である。原告中垣貞子は、右了の妻として原告中垣良平はその長男として、それぞれ同人の権利の各二分の一を相続した。

(ハ) 油症患者吉藤ユキは昭和五七年五月二五日に死亡した。同人の相続人は長女植田敏子、二女工藤テル子、長男吉藤一雄の三名である。原告植田敏子、同工藤テル子、同吉藤一雄は、右ユキの子として、それぞれ同人の権利の各三分の一を相続した。

右(イ)ないし(ハ)の相続関係により、別紙〔四〕油症患者(原告及び死亡患者)被害一覧表記載の死亡油症患者である小澤浩、中垣了及び吉藤ユキの各相続人である右原告らは、死亡油症患者の被告らに対する前記損害賠償請求権につき、それぞれ別紙〔三〕請求債権額一覧表相続分欄記載の債権を取得した。

(二) 弁護士費用

原告らは別紙〔二〕原告ら訴訟代理人弁護土目録記載の代理人らに対し、本件訴訟手続を委任し、第一審終結の際に報酬として別紙〔三〕請求債権額一覧表中慰謝料請求金額欄の金額の一割に相当する同表弁護士費用欄記載の各金員を支払うことを約したが、右金員は被告らが負担すべき損害である。

9  結論

よつて原告らは、各自被告らに対し、別紙〔三〕請求債権額一覧表の合計金額欄記載の各損害金及びこれに対する本件不法行為発生の日の後である昭和四三年一一月一日以降各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告カネミ、同加藤の請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は知らない。

同(二)の事実は認める。

同(三)の事実のうち、被告加藤が昭和二七年一二月に被告カネミの前身であるカネミ糧穀工業株式会社の代表取締役に就任したこと、同三六年四月より製油部担当取締役と本社工場の工場長を兼務したこと、本社工場の工場長は同四〇年一一月までであり、その他の業務には現在まで従事していることはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。なお工場長の地位は名目上のものにすぎなかつた。

2  請求原因2の(一)の事実は認める。

同(二)の事実は現時点でのPCBの毒性という点からは認めるが、本件油症事件発生前の時点であれば否認する。本件油症事件発生前は被告カネミを始め、脱臭装置を制作した訴外三和などのカネクロール使用業者のほとんどがPCBの毒性を知らなかつたものである。

3  請求原因3の事実は否認する。

4  請求原因4の事実のうち、被告カネミが食用油の製造販売業者であること、昭和三六年に訴外三和から本件精製装置を導入したことは認めるが、その余の事実は否認する。

PCBの毒性が以前から知られていたにしても、それはこれを製造した被告鐘化及び限られた特殊研究家の間におけることであつて、一般には知られていなかつた。そして被告カネミは、PCBの有毒有害性、食品混入の可能性(腐食性)、混入した場合の危険性、混入防止の方法、混入した場合の発見方法などを知らされていなかつたから、原告ら主張の注意義務はなかつた。

5  請求原因5の事実のうち、被告加藤が訴外三和からの米ぬか油精製装置の導入決定及びその運転稼働の直接かつ最高の責任者であつた旨の事実は否認する。右装置の導入を決定したのは、当時被告カネミの会長で、会社の実権を持つていた故加藤平太郎であつた。

また右装置の運転稼働を直接指揮、監督する立場にあつたのは被告加藤ではなく、装置の運転開始当時から実質上の工場長であつた森本義人であつたから、被告加藤が民法七一五条二項にいう代理監督者責任を負う旨の原告らの主張は争う。

6  請求原因8の事実は不知ないし争う。

三  被告鐘化の請求原因に対する認否及び主張

(認否)

1 請求原因1(一)の事実は知らないが、同1(四)の事実は認める。

2 請求原因2(二)の事実のうち、カネクロール四〇〇を食品工業の熱媒体として使用することが極めて危険であること及びカネクロール四〇〇が伝熱管を腐食する可能性が高いことは争うが、その余は認める。伝熱管の腐食については、カネクロール四〇〇を使用する熱媒装置の設計、製作、運転管理等が適正であれば、塩酸による伝熱管の腐食もない。というのはカネクロール四〇〇を熱媒体として使用する場合、その装置は密閉型であり、しかも伝熱管内は水を溶かさず水より比重が重い高温のカネクロールで完全に満たされているため、水分が入り込むことはなく、カネクロール四〇〇が加熱されて高温となり、塩化水素を発生したとしても、その量はごく微量であり、伝熱管内は前記のとおり高温、無水の状態であるため、塩化水素は乾燥状態のまま装置の最高所に設置されるエキスパンジョンタンクの排気口より外部に排出されるからである。

したがつて、カネクロール四〇〇にたとえ毒性があるとしても、熱媒装置の設計、製作、運転管理等が適正であれば、伝熱管の劣化、亀裂、腐食は問題とならないのであるから、これを食品工業の熱媒体として使用してはならないということはない。

3 請求原因3の事実は否認する。本件事件は後記のとおり、被告カネミの一号脱臭缶の改造の際の工作ミスにより、カネクロールの食用油中への漏出事故が生じ、右汚染油を被告カネミがそれと知りながら再脱臭しただけで出荷したことにより発生したものである。

4 請求原因6、8の事実はすべて争う。

(主張)

1 本件事故の原因について―いわゆる工作ミス説

(一) 本件事故は、原告らが主張するように、六号脱臭缶のカネクロール蛇管に生じたピンホールからカネクロールが食用油中に混入して発生したものではない。

本件事故は、実は被告カネミの従業員が、昭和四三年一月二九日一号脱臭缶の温度計部分の改造工事中に起こした溶接工事のミスによつて同号缶のカネクロール循環コイルに孔をあけ、これにより大量のカネクロールが米ぬか油に混入したが、被告カネミにおいてこれに気付き、この汚染した油を、一旦は脱臭缶から回収保管したものの、これに脱臭操作を加えることによつてカネクロールを除去し食用油に再生しようと企て、同年二月上旬ころ実行に移し、カネクロールが十分除去されたことを確認しないで、製品として出荷したことによるものである。

(二) 被告カネミは、昭和四二年一〇月ころ、脱臭缶内の油温測定について、それまでの各缶別の棒状水銀温度計による方法から脱臭缶から離れた場所において各脱臭缶内の油温を集中的に読み取ることができる隔測温度計による方法に変更したが、右変更工事において、従来使用していた棒状水銀温度計の保護管を隔測温度計の検知端を収納する管としてそのまま用いることとし、検知端の温度を良好にするため、検知端が直接油に接触するよう右保護管の先端部分に孔があけられた。右先端部分に孔をあける方法としては、脱臭缶の外側より電気溶接棒を保護管に差し込み、約五〇〇mm奥のその先端部分を溶融し開孔させる方法によつた。

ところが、昭和四三年一月下旬ころ、一号脱臭缶の温度検知状態が不良となつたため、前記工事によつてあけた保護管先端部分の孔が油で詰まつているものと推定し、同月二九日営繕課第一鉄工係員権田由松によつて、前同様の方法で右孔の拡大工事が行われたが、その際同人が電気溶接棒を保護管内に突つ込みすぎ、保護管先端から至近の距離にあるステンレス製カネクロール循環コイルを溶融させ、これに孔をあけた。そして、関係者がこれに気が付かないまま脱臭作業が行われたため、右孔からカネクロールが食用油に漏出した。

同月三一日になつて、被告カネミの従業員は右漏出の事実を知り、脱臭係員川野英一らによつて約三ドラムの汚染油は回収タンクに回収された。

その後、被告カネミでは、同年二月二日ころからこの汚染油を食用油として再生することを試み、森本工場長から「正常油に少しずつまぜて脱臭するように」との指示を受け、正常油と混合させながら再脱臭を行なつた。当時同被告で試験室長をしていた今津順一は、カネクロールは再脱臭すれば飛ぶと言つており、そのため汚染油を再脱臭してまで出荷したものと思われる。

(三) 本件油症事件は、カネクロールが大量に漏出した事件であつて、このように大量漏出事故が発生したならば、脱臭工程の操業は操業量の低下、場合によつては操業停止という異常事態が発生するはずであるところ、改ざんされている被告カネミの操業記録を復元して解析してみると、同年一月二九日から同月末までの間に被告カネミにおいて、脱臭工程の異常(操業停止)が発生していることが判明した。これは右工作ミス説を裏付けるものというべきである。

(四) 本件油症事故においては、二〇〇ないし三五〇kgという大量のカネクロールが米ぬか油に漏出、混入しているのであるから、このように大量のカネクロールの漏出事故が発生した場合には当然この損失分を補給する必要が生じる。

被告カネミは、同月三一日訴外三油興業株式会社九州営業所にカネクロールを緊急手配し、右三油興業はこれを受けて一旦日新蛋白工業株式会社に納入していた五〇kgと吉富製薬株式会社から借り受けた二五〇kgを被告カネミに納入している。右カネクロールの補給状況は油症事故の原因がピンホールではなく工作ミスによるものであることを裏付けるものである。

(五) 被告カネミは、同月三一日突然に六号脱臭缶の試運転を行なつたが、同缶の稼働再開と共に一号脱臭缶についてはその運転が停止され、しかも同年二月中に同缶が運転していなかつたこと自体を隠蔽している。これは右工作ミスによつて一号脱臭缶が使用不能になつた結果、代替缶としての六号脱臭缶を稼働させたものとみるべきである。

なお、被告カネミの係員二摩初によつて後日試験日報の記載を脱臭缶番号⑥とあるのを①と書き換えたことは、右工作ミスという重大事故を隠蔽するための改ざんにほかならない。

(六) ピンホール説の最大の論精拠は九大鑑定であるが、そもそも九大鑑定は、油症事故の原因事実を全般的に解明するために行われたものではなく、六号脱臭缶内のカネクロール循環コイルに発見されたピンホールの形状、成因、同孔からのカネクロール漏出量について検討するためのものであり、かつそれに止まるものである。しかも、九大鑑定が示しているピンホールの開孔(短時日のみの開孔)及びその後の閉塞の可能性は、実証を伴わない根拠の薄弱な推測にほかならず、現実性を欠いている。

(七) その他、ピンホール説では、前記事故ダーク油中のカネクロールの化学的組成が被告カネミで使用中のカネクロールよりも低沸点成分が少なく高沸点成分が多いパターンであることや、被告カネミで何故カネクロールの大量漏出を看過したのかについて、合理的な説明をすることができず、工作ミス説によつてのみその合理的な説明が可能である。

(八) 以上のとおり、本件油症事故は被告カネミの工作ミスによつて発生したものであるが、同被告はカネクロールの大量漏出を知つた時点で、これを廃棄するかあるいは他の無害な工業用途に転用するかの措置をとることによつて、汚染された食用油による危険を事故の責任において防止すべきであつたのに、それらの方法を選ばず、あえて未経験、未確立のリスクを伴つている再脱臭という方法を選んだ。

そして、被告カネミは右脱臭油につき、その安全性について確信を持たないまま、むしろ危険であると感じながらこれを出荷したものであつて、その行為は反社会性の著しい犯罪的性格のものといわざるをえない。

被告鐘化としては、被告カネミがこのような反社会的行為をあえて犯すであろうことは予見することができず、また、予見義務もないというべきである。

2 因果関係について

被告カネミは、カネクロールの大量漏出を知り、若しくは少なくともこれを疑うべき事情にありながら、汚染された食用油を廃棄するなどの適切な対応措置をとることなく右食用油を出荷したものであつて、同被告にこのような固有かつ重大な過失がある場合には、被告鐘化にカネクロールの毒性について調査をすべき義務並びに情報提供の義務があり、これを怠つたとしても、本件油症事故との間の因果関係は遮断されているものであつて、本件油症発生との間に相当因果関係はないと解すべきである。

3 PCBの毒性について

原告らは、PCBが有毒な危険物質であり、本件油症事故前からドリンカーらの報告によつてその危険性が認められていたかのように主張するが、少なくとも本件油症事件発生前においては、PCBの危険性に対する知識は総体的にほとんどなく、かえつてドリンカーらの報告によればその急性毒性値は低く、PCBは低毒性であると一般に理解されるようになつたくらいであつて、これを食品工業も含めて産業上使用するについては、労働環境面から吸気暴露に注意を促されていただけの月並の工業薬品にすぎないものである。今日問題となつているPCBの毒性は、当時予想しなかつた蓄積毒性の問題である。

また、カネミ油症の原因となつた物質はPCBそのものではなく、むしろPCDF、PCQであつて、これらの物質は、被告カネミが前記工作ミスによつて大量の熱媒体を食用油中に混入させ、その汚染油を再脱臭し、PCBを特に過熱したことによつて生じたものであり、本件油症当時、PCBからこのような油症の原因物質が生成されることは何人も知らなかつたことである。

したがつて、被告鐘化に、この点に関する調査、研究の義務とその結果に基づく警告義務があつたことを前提にして本件油症中毒事故の責任を求めることは許されないことである。

4 分割責任について

仮に、被告鐘化の行為が本件油症事故の発生になんらかの寄与をしたと認められるとしても、本件油症事故の発生は、被告カネミの反社会的、犯罪的行為によつて発生したものであり、更に、被告カネミ及び国は、ダーク油事件が発生した時に当然に汚染油の存在並びに汚染油からの本件油症被害の発生を予測しえたにもかかわらず、なんら的確な事故拡大回避措置をとらなかつたものであつて、これらの点に比べると、被告鐘化の本件事故に対する寄与の度合は極めて僅少なものといわなければならない。

このように、結果の発生に対する寄与度が顕著に異なる場合には、それぞれの寄与度に応じて相当因果関係の範囲を画することが衡平の原則にかなう所以であるから、被告鐘化については、その寄与度に応じた責任の分割、減縮が認められるべきである。

5 損害について

後記被告国、同北九州市の主張4と同旨

四  被告国、同北九州市の請求原因に対する認否及び主張

(認否)

1 請求原因1の(一)の事実のうち、原告らが油症患者あるいは死亡油症患者の相続人であること、同(二)の事実は認める。同(三)事実のうち、被告加藤が被告カネミの代表取締役であることは認めるが、その余の事実は知らない。同(五)の事実は認める。

2 請求原因2の(一)の事実は認める。

3 請求原因7の(一)の事実のうち、被告国がPCBを原告ら主張のようにJIS規格に指定したことは認めるが、その余は争う。

同(二)の事実のうち、原告ら主張の規定が食品衛生法に存在し、同法により厚生大臣等に各種の権限が付与されていること、食用油製造業が営業許可業種に指定されていなかつたこと、被告カネミが、びん詰、かん詰食品製造業者として営業許可業種に指定されていたこと、福岡県知事ないし北九州市長が原告ら主張の営業許可ないし更新をなしたこと、びん詰かん詰食品製造業の食品衛生監視員による監視回数が年一二回となつていること、実際の監視回数はそれを満たすものではなかつたことは認めるが、その余は争う。

同(三)の事実のうち、ダーク油事件が原告ら主張のような事件で、福岡肥飼検の係官がその主張のころ鶏のへい死に関する報告を受け配合飼料メーカーから事情を聴取したこと、その結果被告カネミ製のダーク油を配合した飼料によつて事故が発生したことが判明したこと、福岡肥飼検が配合飼料メーカーに顛末書の提出を求めたこと、その主張のころ係官が被告カネミの立入調査を行なつたこと、福岡肥飼検から家畜衛試に病性鑑定を依頼したこと、右病性鑑定の回答がなされ、その回答中に原告ら主張のような記載がなされていることは認めるが、その余は争う。

4 請求原因8の事実のうち、(一)の(5)の相続関係の事実は認めるが、その余は争う。

(主張)

1 国にPCB規制上の責任がないことについて

(一) 原告らは、通商産業省が昭和三八年にPCBをトランス用の絶縁体としてJIS規格に指定したことによつて、国がPCBの大量生産と大量販売を奨励し、本件油症の原因を作り出したと主張するが、JIS規格は工業標準化法一条に規定するように、鉱工業品の品質の改善、生産能率の推進その他生産の合理化等を図ることを目的として制定されたものであり、トランス用の絶縁体としての工業規格は専ら電気の持つ危険性に着目し、トランスを加熱、発火、腐食ひいては漏電から防止しうるにたる品質の規格化を図つているもので、原告らの問題にする安全性とは全く異なるものであつて、右JIS規格の指定並びにその後三年ごとの工業標準見直しの規定をもつて国がPCBの生産と販売を奨励したものとすることは、理由がないものである。

(二) 原告らは、当時「毒物及び劇物取締法」、「薬事法」、「食品衛生法」、などの関係法令があつたのであるから、まだ「化学物質審査規制法」が制定されていなかつたとはいえ、国は右関係法令に基づく権限を行使して、化学物質による被害から国民の生活、健康を保全する責務があると言うが、もともと「毒物及び劇物取締法」は、慢性的に作用して人の健康に係る被害を生ずるおそれのあるものについては規制の対象としえないし、製造から流通の過程を規制しているものであつて、用途制限を目的とするものではない。薬事法についてもその対象となるのは医薬品であつて、PCBのような工業用原料については規制の対象としていないし、食品衛生法もまた食品、食品添加物を規制の対象とするものであつて工業用原料については規制の対象としていない。

PCBのような化学物質による環境経由人体汚染の問題を未然に解決するためには、従来にない新しい思想、知識を導入する必要があり、困難な問題が多かつたが、従来の法体系では対処しえなかつたPCB問題の再発を防止し、化学物質の規制体系を確立するために制定されたのが化学物質審査規制法であり、同法は昭和四八年四月に成立した。

そして、米国においても化学物質一般の規制を目的とした有害物質規制法の成立をみたのはごく最近のことであつて、これらのことを考えると、我が国の対策が特に怠慢とも言えないことは明らかである。

2 被告国、同北九州市の食品衛生行政上の責任について

(一) 原告らは、国が、PCBの有毒性、食品工業において熱媒体としてPCBが使用されていたことや食品工業における熱媒体としてPCBを使用することの危険等のそれぞれについて認識可能性を有していた、と主張するが、右PCBの有毒性というのは、実は環境に流出した場合の有害性を言うところ、国にそこまでの認識ないし認識可能性もなく、また国は本件事故発生当時食品工業においてPCBが熱媒体として使用されていることを知らなかつたものである。

(二) 食品製造における化学物質の規制について考察してみるに、食品衛生行政における化学物質の規制は、食品に意図的に混入させる食品添加物を中心として、食品に残留する危険性のある農薬、乳幼児が口に入れる玩具、化学物質が食品に溶出するおそれのある容器、包装等に重点が置かれていたが、これは食中毒発生の危険性、化学物質が規制されるに至つた経緯、過去における経験等からみて極めて妥当なものであつた。

本件事故発生以前には、諸外国においても熱媒体の規制が問題になつたことはなく、化学物質による事故としては、わずかに誤用あるいは容器等からの溶出が知られていたにすぎない。このように、本件事故発生当時は熱媒体が食品に混入する危険性について全く問題とされず、PCBの食品工業への使用も一般には知られていなかつたのであつて、右のような状況の下において、国に熱媒体として使用されるPCBが食品に混入する危険性を認識し、これを規制する義務があつたとは到底言えないものである。

更に、本件事故発生まで熱媒体が熱交換器から漏出して食品に混入したという経験がなく、そのような事故が発生するということすら予想する者もなく、一般には熱媒体の食品混入についての危惧感はなかつたのであるから、当時食品衛生担当行政機関(厚生省)が熱媒体の混入防止基準を定める必要性を認識していなかつたとしても、なんら非難されることはない。

(三) 原告らは、内閣が本件油症事件発生前に政令で食用油脂製造業を営業許可業種に指定しなかつたことを違法であると主張するけれども、当時としては、食用油脂というのは食品衛生上問題のある、換言すれば事故を起す可能性のある食品とは考えられていなかつたのである。そのころ食用油脂に基づく食中毒の事件はなかつたと言つてもよく、また当時までに食品製造工程中で熱媒体が漏出して食品に混入したという経験も有していなかつたものであつて、製造工程あるいは施設について規制を行う必要がないと一般に認識されていたのである。

したがつて、内閣が本件油症発生前に食用油脂製造業を営業許可業種に指定しなかつたことになんら違法はない。

(四) 原告らは、食品衛生監視員が被告カネミに対し所定回数の監視をしなかつたことに監視上の権限の不行使があつたと主張する。

しかし、右主張と本件事故との間に因果関係があるとは言えないから、原告らの右主張が本件請求の理由となりえないことは明らかである。

付言するに、食品衛生監視員としては、当時食用油脂製造工場において脱臭工程で熱媒体を使用していたことの認識がなかつたものであるが、仮に担当監視員がPCBを熱媒体として使用していることを知つていたとしても、その使用方法からして食用油中に混入するということは通常考えられず、また被告カネミにおいては、二四時間連続して脱臭装置の運転をしており、特に客観的に検査しなければならない特段の事情が現認ないし予測されない限り、脱臭装置を分解させ、その内部を検査する(脱臭缶自体が真空で密閉された状態になつている。)等のことは通常できないことである。

したがつて、担当監視員が被告カネミの監視に当り脱臭装置や熱媒体に注目しなかつたとしても、権限の不行使が著しく合理性を欠くとは言えないことは明らかである。

3 ダーク油事件における国の責任について

(一) ダーク油事件における国の責任について、原告らが言わんとするところは、ダーク油が危険であつたのであれば当然食用油の危険を予見できたはずであり、食用油の危険性が予見できる以上本件油症事件の発生、拡大を防止すべき義務があつたのに、国はなんらの措置もとることなく放置した違法があるというものである。

しかし、ダーク油事件発生の情報を福岡肥飼検が入手した昭和四三年三月一四日の時点では、カネクロール混入食用油が出荷されて既に約四〇日経過しており、当時農林行政当局にとつても厚生行政当局にとつても食用油の危険性を予見するのは不可能であつたというべく、国に対して本件油症事件の発生、拡大を防止せよと要求することは不可能を強いるものである。

(二) 福岡肥飼検は、昭和四三年三月一四日に鹿児島県畜産課からブロイラーへい死事故発生の報を受け、配合飼料を製造していた東急エビス産業に事情を確かめ被害実態の調査に乗り出したところ、配合飼料に添加しているダーク油が原因らしいことが判明した。福岡肥飼検としては、当時ダーク油が農林大臣の指定する飼料の中に含まれず、その製造工場である被告カネミに対して立入調査権がなかつたけれども、ダーク油の製造方法、出荷台帳によるダーク油の出荷状況等を把握する必要があつたため、被告カネミの事前の了解を得て任意の調査としての立入調査を行つた。

福岡肥飼検の矢幅課長は、被告カネミで工場長らにダーク油製造工程図等の提示を求め、使用原料、製造工程を聴取し、立入調査の所期の目的を達したが、ダーク油事件発生の報告を受けて以来福岡肥飼検のとつた一連の措置は適切なものであつた。

(三) 原告らは、ダーク油と食用油が同一企業、同一工場で、しかも米ぬかという共通原料から同一製造工程によつて製造されているのであるから、農林行政当局としては、被告カネミ立入調査の時点で食用油の危険性を予見すべきであると言うが、当時異常はダーク油によつて発生しており、食用油に異常があるとの情報も入つていなかつたこと、食用油製造のほとんど最終過程である脱臭工程で生ずる飛沫油、あわ油をダーク油に戻すことについてはなんらの説明を受けていなかつたこと、及び矢幅飼料課長の職務権限は飼料の品質確保のために飼料原料たるダーク油について調査することであり、食用油の危険性について調査することは職務外であつて、一般に食用油の危険について認識する職務上の義務はないと言えること等に鑑みると、同課長らが食用油の安全性に疑念をもたなかつたとしても無理からぬことであつて、右農林行政当局の対応に違法はないと言うべきである。

(四) 家畜衛試は、同月二五日付で福岡肥飼検から病性鑑定の依頼を受け、行政措置上事件の速やかな原因究明が必要であつたため、再現試験を異例ともいえるスピードをもつて実施し、同年六月一四日の病性鑑定成績の回答をなした。

他方、農林省畜産局流通飼料課においては家畜衛試の病性鑑定報告に接し、家畜衛試のみではその原因究明は困難と判断し、また油脂に問題があるとすれば規格を設定して流通させる必要があると考え、油脂の研究担当者からなる油脂研究会を発足させているのであつて、ダーク油事件を通じて行政当局及び試験研究関係者の全力を尽した努力の跡がうかがえ、農林省の対応が怠慢と批判されるいわれはない。

原告らは、前記鑑定において、小華和忠が「油脂そのものの変成による中毒」と考察したことを非難するが、右鑑定の主目的であつた再現試験は十分その目的を達していること、油脂の変成説は後日否定されることになるが、病性鑑定の方法は消極的な方法とはいえ疑問とする問題点を一つずつ科学的に検討していつたものであること、更には農林省では前記のとおり油脂研究会を開催して原因究明を続けていたことを考えると、右病性鑑定を非難するのは失当である。

(五) 以上のとおり、農林行政当局にとつて、ダーク油事件当時食用油の危険性を予見することは不可能であつたのであるから、農林省担当官が厚生省担当官に連絡しなかつたことについて職務懈怠があると言えないことは明らかである。

4 損害論について

(一) 油症は、有機塩素化合物であるカネクロール及びその誘導体が混入した食用油を経口的に摂取したことによつて発症した、急性、亜急性の中毒性疾患である。

ところで、その本態は人体の脂質代謝異常と薬物代謝酵素の誘導であつて、いずれも器質的変化(疾患)ではなくて一時的な機能的変化(疾患)である。つまり、器質的変化とは不可逆的な治らないものであり、機能的変化とは可逆的なもので原因物質がなくなれば元に戻るものであつて、これらの機能的疾患の多くが神経症か心身症であるとされる。

その症状は瘡様皮疹、色素沈着、眼症状などの皮膚粘膜症状を最も特徴的とし、他に気管支炎様の呼吸器症状、感覚性ニウロパチー、粘液嚢炎などの他覚症状、更に全身倦怠感、頭痛や頭重、不定の腹痛、手足のしびれ、せき、たん等の自覚症状がある。

(二) 油症被害は、前述のように経口摂取したPCBによる中毒であるが、中毒性物質の体内摂取によつて発症する中毒性疾患においては、おおむね物質の摂取量と症状との間にドーズ・レスポンスすなわち原因物質の摂取量に応じて中毒症状が発生し、またその症度が決まる関係にある。

このことは、本件油症においても、患者の摂取油量が増すにつれて重症者の占める割合が増加していること、血中PCB濃度とガスクロマトグラムのパターンA(油症患者に特有のもの)、B(Aに近いもの)及びC(一般人と見分けがつきにくいもの)との間に相関関係があること、血中PCB濃度と皮膚症状に相関関係があること、眼科症状が血中PCB濃度及びパターンと密接な関連性を有すること等からして、PCB摂取量と症状との間にドーズ・レスポンス関係が成立していることは明らかである。

医師梅田玄勝の証人調書によれば、患者の内科的全身症状が多彩であるからランク付けは不可能であるとするが、原告ら患者の訴える内科的症状のほとんどは、油症特異性を客観的に証明できないいわば心因性の不定愁訴というべきものである。

したがつて、油症の症度ランク付けは可能であり、その症度判定は、皮膚粘膜症状を最重点とし、血中PCB濃度とパターンの血液検査値を考慮して行えば、客観的、合理的であり、妥当性を十分備えているものである。

(三) 原告らは、油症を不治の疾病であるかのように主張するが、油症が前記のとおり可逆的機能変化を主とするものであり、体内のPCBは減る一方で再び増えるはずはないから、長い目で見れば治癒の方向に向つていることは確実であり、いつかは全治するはずのものである。

油症児についても、その成長発育の実態が油症発生七年後に調査されているが、その結果によると、調査を受けた全員が標準偏差値の範囲に入つており、一過性の発育障害では一時的に成長速度の低下をみるが、その原因が除去された後には本来の成長速度より早い速度で成長し、次第に本来の成長曲線に戻るというキャッチアップ現象が認められ、PCB中毒が一時的成長を阻んだとはいえ、慢性的障害をもたらすものでないから、油症児の今後の成長発育にはなんの心配もないと言える。

(四) 油症患者の死亡数は、昭和五五年五月末日現在で八五名であるが、その死因は悪性新生物二三名、心疾患二二名、脳血管疾患一一名であり、これと死亡統計による日本人全体の死亡原因、内容を比較してもその間に有意差は認められない。

また、死亡率についてみても、昭和四四年から同五四年までの日本人の死亡の平均は年間人口一、〇〇〇対比で6.43であるのに対し、同五三年一二月現在の油症患者数一、六八四名を基礎として計算した死亡率は4.2となるので、油症患者の死亡率は日本人全体のそれよりも低いことになる。

更に、症状鑑定においても、油症と死亡との間の因果関係は不明であるとしているが、その意味は死亡との因果関係を肯定する証拠がないということであつて、実質的には因果関係を否定したものと解すべきである。

第三証拠〈省略〉

理由

(当事者双方から提出された書証のうち成立に争いがある書証については、別紙〔五〕「真正に成立を認めた証拠目録」中の真正に成立を認めた証拠欄記載の各証拠によつてそれぞれその成立を認める。以下書証を引用する場合は、単に書証番号のみを掲記することとする。)

第一  当事者

一  原告ら

原告らが、被告カネミ製造にかかる塩化ビフェニール入りの「カネミライスオイル」を食用したことにより、別紙〔四〕油症患者(原告及び死亡患者)被害一覧表「認定年月日」欄記載の日に油症認定を受けた油症被害者若しくはその相続人であることは弁論の全趣旨によりこれを認めることができる(右原告らが油症被害者であることについては、原告らと被告国、同北九州市との間では争いがない。)。

二  被告カネミ

被告カネミは昭和三六年に訴外三和より米ぬか精製の装置の導入を受け、以来米ぬか油を製造しカネミライスオイルの商品名で販売して現在に至つており、同四三年当時資本金五、〇〇〇万円で、その従業員は約四〇〇名であり、その製品油の販売は西日本一円にまたがつていた食品製造販売業者であつて、肩書地に本社及び本社工場(抽出、精製工場)を有するほか、広島市、大村市、松山市、多度津市にそれぞれ抽出工場を有していたことは、原告らと被告カネミ、同加藤、同国及び同北九州市との間では争いがなく、また被告鐘化において明らかに争わないところである。

三  被告加藤

被告加藤が被告カネミの代表取締役であることは、原告らと被告カネミ、同加藤、同国及び同北九州市との間では争いがなく、また被告鐘化において明らかに争わないところであり、被告加藤が昭和三六年四月から同四〇年一一月まで本社工場の工場長に従事していたことは、原告らと被告カネミ、同加藤との間では争いがなく、また被告国、同北九州市及び同鐘化において明らかに争わないところである。

四  被告鐘化

被告鐘化が油脂工業製品の製造、加工及び販売並びに無機、有機工業薬品の製造及び販売等を業とする化学企業であることについては、原告らと被告鐘化、同国及び同北九州市との間では争いがなく、被告カネミ、同加藤において明らかに争わないところであり、また被告鐘化が昭和二九年ころからPCBを製造し、これにカネクロールという商品名を付して販売してきたことは、原告らと被告鐘化との間では争いがなく、被告カネミ、同加藤、同国及び同北九州市において明らかに争わないところである。

五  被告国、同北九州市

被告国、同北九州市が、いずれも行政権の主体であり、その行政の一部分として憲法及び食品衛生法に基づく食品衛生行政を実施する責任を負つている事実は被告国、同北九州市において認めるところである。

第二  本件油症事件の発生の経緯と概況について

一〈証拠〉によると、油症事件の概要について次の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

1昭和四三年六月初旬ころから、九州大学医学部附属病院皮膚科に顔面の瘡様皮疹、顔面並びに足の浮腫、痛みを訴える数人の患者が訪れており、その患者らが従来食用していたヨーグルト及びライスオイルの摂取を中止したところ、爪の黒ずんだ着色がとれてきたこともあつて、九大皮膚科において本症がライスオイルの摂取と関係するのではないかとの疑いを持ち、その分析等に努力したが、はつきりした手懸りをつかむことはできなかつた。

その後同年一〇月三日、九州電力社員国武忠から大牟田保健所に対し、カネミライスオイルによると思われる奇病発生の届出と同人が使用したライスオイルの分析依頼がなされたことにより、翌四日福岡県衛生部は右奇病について知るところとなつた。

そして、同年一〇月一〇日に至り、朝日新聞が「からだ中に吹出物」という見出しで右奇病の発生を報道し、翌一一日の各紙も一斉に右事件を報道したことから、瘡様皮疹等を訴える奇病の届出患者が福岡県を中心に、広島県、山口県、長崎県等の西日本全域に及んでいることが明らかとなり、その原因の解明が社会的に強く要望されるところとなつた。

2福岡県衛生部は、同月一一日県下各保健所及び被告北九州市に対して患者発生の状況を至急調査するよう指示すると共に、厚生省に奇病の発生を報告した。また被告北九州市衛生局では、同日県衛生部と打合わせのうえ、被告カネミに対し自主的にライスオイルの販売を中止するよう勧告すると共に、被告加藤らより事情を聴取した。一方厚生省は福岡県に対し、原因、汚染経路等の究明及び被告カネミの行政指導について指示をした。

その後同月一四日、九大医学部、薬学部、福岡県衛生部、被告北九州市らの関係者による福岡県油症対策会議が開かれ、九大医学部を中心に本病の検討を行うこととし、その組織を「油症研究班」と呼び、九大附属病院長勝木司馬之助を班長に、また九大医学部教授樋口謙太郎、福岡県衛生部長下野修をそれぞれ副班長にすることが決定された。

翌一五日、被告北九州市は、市油症対策本部を設置し、またカネミライスオイルから砒素が検出された旨の報告があつたこと等から、被告カネミの立入調査をすると共に、食品衛生法四条、二二条を適用して、一か月間の営業停止を命じた。

翌一六日、福岡県は、被告北九州市、福岡市、県の各保健所長、衛生課長らを集めて、油症対策連絡協議会を開催し、被告カネミ製造にかかるすべてのライスオイルの販売停止と使用禁止の措置をとると共に、一般家庭で使用しないよう呼び掛けることとなつた。右同日、厚生省は、全国衛生主管部長に対し、カネミライスオイルについて、食品衛生法四条四項により販売の停止及び移動禁止の行政措置をとること、また被告カネミ以外の米ぬか油製造業者について、米ぬか油の製造工程の点検、製品の収去検査を行うよう通達を出した。

そして、同月一七日、厚生省は福岡市で油症対策関係各府県市打合わせ会議を開催し、また同月一九日同省に環境衛生局長を本部長とする米ぬか油中毒事件対策本部を設置して、同日第一回の打合わせ会議を開催した。更に同日地方医務局長、国立病院長に対して、国立病院においても関係機関と十分な連携を保ち、その原因の究明及び的確迅速な診断と治療体制の確立を図るよう通達を出した。

3昭和四三年一〇月一四日に組織された前記油症研究班は、同月一九日班の構成を拡充強化することとなり、臨床部会、疫学部会、分析専門部会を設け、医学部、薬学部のみならず、農学部や生産技術研究所等からも専門家の参加を求めることとなつた。そして、臨床部会は油症の診断基準及び治療指針を作成し、それに基づいて県下の患者の実状を把握する、分析専門部会は原因不明のための化学的分析をする、疫学部会は広範な地域にわたる患者につき疫学的調査研究をする、ということになつた。

右に基づき臨床部会は、九大医学部教授樋口謙太郎を部会長として、同日油症診断基準及び治療指針を発表し、更に同月二三日福岡県衛生部の要請により各地の医師及び保健所医師への油症講習会を開催した。また県下四地区に臨床部会の専門家を派遣し、実際の検診を行なつて患者の実態を把握することに努めた。

4また疫学部会は九大医学部教授倉恒匡徳を部会長として、油症の原因究明のため、昭和四四年一月二〇日までに福岡県下で油症患者と診断された三二五名のすべてについて、疫学的研究方法により調査を行い、次の結論をまとめた。すなわち、

(一) 福岡県下の患者数は三二五名(一一二世帯)であり、性差はなく、四〇歳未満が80.9%を占めた。また家族集積性がみられ、昭和四三年にほぼ全員が発症し、特に六月から八月にかけて発症しているのが55.0%を占める。患者は北九州地区、田川・添田地区、福岡・粕屋地区に多い。

(二) 昭和四三年二月五、六日被告カネミ出荷の缶入油の追跡調査で、摂取したと思われる二六六名中一七〇名(63.9%)の患者が発生していた。

(三) 患者全員がカネミライスオイルを使用しており、缶入油使用患者一七〇名(52.3%)、びん入油使用患者一五五名(47.7%)であつた。缶入油使用患者の97.6%は二月五、六日出荷の缶を使用しており、びん入油使用患者の92.3%は二月六日ないし一五日に出荷された油を摂取する可能性があつた(他は出荷日時不明)。

(四) 問題の時期の油をとつていない集団には患者は認められなかつた。

(五) 既往調査で、カネミライスオイルの摂取以外に油症の原因と考えられるものは見い出し得なかつた。

5一方分析専門部会は、九大薬学部長塚元久雄を部会長として、油症の原因物質を追求するため、患者が発症以来使用してきたカネミライスオイルの使用残油を入手し、その油の一般的性状について検討すると共に、毒性物質混入の有無を広範に検索した。

その結果、研究の初期に疑われた砒素あるいは種種の金属類、又は有機塩素系農薬PCPなどの混入はすべて否定され、最終的にライスオイルの精製工程において使用されていた塩化ビフェニール(カネクロール)の大量混入の事実が、主としてガスクロマトグラフィーによる検索から明らかにされた。すなわち、患者の使用した缶入油の中に塩素として一、〇〇〇ないし一、五〇〇ppmの大量のPCBの混入が確認された(これはPCB含量として二、〇〇〇ないし三、〇〇〇ppm程度と推察される。)。また昭和四二年一〇月から同四三年一〇月にかけて出荷されたカネミびん入油については、二月上、中旬の製品にしばしばPCBの混入が認められ、続いて三月中旬ころにもその混入が散見されたが、それ以外は混入は認められなかつた。

更に同部会は、油症の症状がその研究の時点においてもなお持続していることから、その原因が患者油中のPCBであるとすれば、現在も患者の体内に蓄積していることが推定されるとの観点から、九大附属病院皮膚科で採取された確認患者数名の脂肪組織、皮脂並びに九大附属病院保管の患者の死産児、久留米大病院保管め患者胎盤についてPCB成分含有の有無を検討し、その結果、患者の脂肪組織、皮脂、胎盤及び胎児(皮下脂肪)中には発症から数か月経過した時点においても、なおPCB成分が明確に存在することが示された。

以上の事実を認めることができる。

右4、5認定の油症研究班の調査結果及び弁論の全趣旨によれば、油症事件は、特定のカネミライスオイル(昭和四三年二月上、中旬に製造、出荷された製品)経口摂取により生じたものであり、その原因物質は被告カネミが油脂精製工程のうちの一工程である脱臭工程において被告鐘化から三油興業株式会社を通じて買入れて熱媒体として使用していたPCB(カネクロール)であつて、これが右特定期間に製造、出荷されたライスオイルに混入したものであることが認められる。

二ところで、本件油症事件が発覚する以前の昭和四三年二月上旬ころから三月中旬までの間、九州各県、山口県、四国等で鶏(ブロイラー)が奇病にかかり、食欲、活力を失い、呼吸困難であえぎながら死亡する事故が続発し、死亡鶏には腹水、心嚢水の増加、肝壊死、腎の尿細管拡張、下腹、皮下組織の浮腫等の所見が認められたこと、この奇病による被害羽数は約二〇〇万羽に達し、うち四〇万羽がへい死したこと、この奇病は林兼産業と東急エビス産業の生産した配合飼料によるものであつたが、両者は共にその原料の一つであるダーク油を被告カネミから購入していたのであり、その後の調査により右奇病の原因が右ダーク油によるものであることが判明したことは原告らと被告国、同北九州市との間では争いがなく、また〈証拠〉によると、本件油症事件が発覚して以後右ダーク油事件の原因が油症事件と同様ダーク油中に含まれていたカネクロール四〇〇によるものであることが明らかとなつた事実を認めることができる。

右ダーク油事件については、後に検討することとする。

第三  カネミライスオイルの製造工程、PCBないしカネクロール四〇〇の化学的性質及びその毒性認識について

一(カネミライスオイルの製造工程)

カネミライスオイル製造工程の大要が原告ら主張の請求原因2の(一)のとおりであることは原告らと被告カネミ、同国、同北九州市との間においては争いがなく、被告鐘化は明らかに争わないところである。

二(PCBないしカネクロール四〇〇の化学的物質)

〈証拠〉によれば次の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

1カネクロールとは芳香族炭化水素の誘導体であるビフェニール(ベンゼン環が二個結合したもの)の塩素化合物である塩化ビフェニールについての被告鐘化の商品名であり、うちカネクロール四〇〇は二ないし七塩化ビフェニールの混合物で四塩化ビフェニールを主成分とするものであるが、カネクロール四〇〇ないしPCB一般の化学的物理的性質として、次のような特徴が知られている。

(一) 純粋な単独化合物としてのPCBは、常温において白色針状結晶の固体であり、塩素置換数が少ないほど融点、沸点が低く、多いほどそれが高いのであるが、置換数が同じでも異性体ごとに融点、沸点を異にするのみならず、その化学的性質にも差異がある。

(二) 化学的に安定で、熱によつて分解しにくく、三塩化以上のものは事実上不燃性であつて、完全な分解には一、〇〇〇ないし一、四〇〇度の加熱を要する。

(三) 熱に強いだけでなく、酸化されにくく、酸やアルカリにも安定しており、また生物からも分解されにくい。

(四) 水に溶けにくいが、油やアルコール等の有機溶媒にはよく溶け、プラスチックとも自由に混じり合う。

(五) 塩素化度の高いものは蒸発しにくく、薄い膜に拡げて使える。

(六) 水よりも重く、水中で油として使える。

(七) 電気絶縁性が高く、その他の電気的特性にも優れている。

2ところでPCBは天然には存在しない合成化学物質であり、一九二九年(昭和四年)にアメリカのスワン社(後にモンサント社に吸収)によつて商業ベースで初めて生産が開始され、その後各国で実用化されてきたものであるところ、化学的安定性が高く、熱安定性に優れた不燃物質であるという特性を有するために、工業薬品としてトランス用、コンデンサー用絶縁油、熱媒体、潤滑油、可塑剤、ノンカーボン紙等の多方面に使用されてきた。

我が国では、PCBは当初電気関係の需要が多く、トランス、コンデンサー等に使用されていたが、昭和三二年ころから熱媒体として使用され始め、同三九年ころにはノンカーボン紙や塗料等への需要が伸びてきた。

3またPCBのうち、カネクロール四〇〇の性質は、外観は無色ないし微黄色の透明粘性油(液状物質)であり、流動点はマイナス五ないし八度、沸点は三四〇ないし三七五度で、不燃性で、それ自体の性質としては高温になつても金属を腐食することはないが、沸点近くなると微量ではあるが、分解して塩化水素を発生する。

そして、カネクロール四〇〇を熱媒体として利用するうえでの特徴、利点としては、(一)不燃性であるため、従来の可燃性熱媒体に比較し、火災、爆発の危険性がないこと(二)沸点が高く、しかも蒸気圧が非常に低いため、三二〇度の高温まで常圧液相循環で使用できるという性能の高さ及び使用の簡便さがあること(三)耐熱性、耐酸化性が極めて優れているため消耗が少なく、また金属に対する腐食性がないため使用材料の選定が自由であり、経済的であることなどが挙げられる。

三(PCBないしカネクロール四〇〇の毒性認識)

1現在における毒性認識について

〈証拠〉によれば次の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(一) 急性毒性については、油症研究班がハツカネズミに経口投与して行なつた実験によると、LD50(半数致死量)は約二g/kgであり、またアメリカのドリンカーらのラッドによる実験結果(これはむしろ亜急性毒性を示すものといえる。)から推算すると、LD50は六ないし一七g/kgとなり、青酸ナトリウムのLD50が四mg/kg、毒物及び劇物取締法の劇物としての指定基準がLD50三〇〇mg/kg以下、DDTのそれが0.4ないし0.5g/kgであることなどと比較するとPCBの急性毒性は非常に低いものである。

(二) ところがPCBは塩化ナフタリンや三塩化ベンゼンなどと同じく、有機塩素化合物であるが、このようなものの中毒として、古くより、皮膚につくと塩素瘡(クロールアクネ)と名付けられる特異的な皮膚障害が生じ、吸収されると肝臓を冒すことが知られていた。

PCBについてもその製造が始まつたころ、工場労働者の皮膚にクロールアクネができた旨の報告があるし、また我が国でもカネクロール三〇〇を多量に使うコンデンサー工場で、皮膚症状を主とした中毒患者が発生した。

(三) PCBは長期間微量ずつ生体内に取り込み続けると、その脂溶性によつて体内の脂肪組織に入り込み、またその安定性、難分解性、非水溶性によつて分解、排出されにくく、皮下脂肪を始めとする皮膚、肝臓等に蓄積される。

そして、本件油症事件はこのようなPCBの長期微量の経口摂取による人体被害で、複雑多様な症状を発現するに至るが、被害者のカネクロール四〇〇の摂取量は、油症研究班の調査によれば数か月合計で平均二g、最低で0.5gであると推定されている。

なおPCBの摂取による生体の反応は、脂質代謝異常と肝臓の酵素誘導作用として現われることが知られている。

(四) 更にPCBには強い毒性を持つ不純物が混じつていることがあり、カネクロール四〇〇の場合にもPCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)や塩化ナフタリンの存在が証明されている。

PCDFの皮膚症状発現作用は意外に弱いものの肝臓など内臓への作用は相当強烈である。

(五) 一九六六年(昭和四一年)にスウェーデンのS・ジェンセン博士が国内でとれたカワカマスなどの魚類やワシなどの鳥類の体内にPCBが含まれていることを発見したことを発表したのがPCBによる環境汚染の問題についての警告の最初とみられるが、しかし少なくとも我が国では右発表はあまり注目されず、我が国においてこの問題の調査研究が始められたのは昭和四五年秋ごろからであり、研究が進むにつれて汚染の深刻さが気付かれ、同四七年通産省によりPCBの使用自粛などについて行政指導がなされた結果、同年三月に三菱モンサントが、また同年六月に被告鐘化がそれぞれPCBの生産を中止すると共に、同月までに両社共その販売を中止することとなつた。

次いで昭和四八年一〇月に特定化学物質による環境の汚染を防止するため、化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律が制定されたが、同法はその立法当初よりPCBによる前記環境汚染を念頭においていたものであつて、同四九年にPCBが同法の特定化学物質第一号として指定された。

一方OECDは昭和四八年二月一三日の理事会で、加盟国にPCBの使用を原則的に禁止する決定を採択し、PCB公害に対する国際的な規制、防止の基準を打出した。これによると加盟国はPCBが工業又は商業の目的に使用されることのないように措置しなければならず、右目的を達成するために、加盟国はPCB原液の製造、輸入及び輸出の規制、余剰資材及び廃棄資材の回収、再生、適切な焼却その他安全な処分のための適切な措置、PCB原液及びPCB含有製品の特別かつ統一された表示システムの整備等の措置をとらねばならない旨決定している。

以上認定の(一)ないし(五)の各事実を総合すれば、PCBは現在では慢性毒性、蓄積毒性の強い危険な化学物質であるということが世界的に周知であるというべきである。

2昭和四三年当時における毒性認識について

しかしながら、〈証拠〉を総合すれば、昭和四三年以前のPCBの毒性に関する研究は主に化学工場等の作業員の労働衛生という観点から、動物実験によりPCBの吸入、経皮等による影響について検討されたものであつて例えば、ドリンカーらの論文は、一九三七年の論文で塩化ビフェニールの毒性についてかなり強いものとしていたにもかかわらず、一九三九年の論文では純粋の塩化ビフェニールはほとんど無毒であつたと訂正しているのであり、また野村茂の研究も使用された塩化ビフェニールの塩素含有量が不明であつたり、ネズミヘの塗布量、塗布面積等の実験条件も十分明らかではなく、極めて不十分な研究であつたといわざるをえないものであることが認められ、これに、アメリカなどにおいてもPCBは大量に生産され、食品工業の熱媒体としても使用されていた事情を併せ考えれば、当時の社会一般の評価認識ではPCBはさほど危険な物質とは考えられていなかつたということができるし、被告鐘化においてもPCBの毒性に関して、その開発企業化当時、ドリンカー、野村の論文、研究は検討したが、それ以上の研究を尽すことなく、社会一般の認識と同じく、さほど危険な物質とは考えていなかつたことが認められる。

第四  カネクロール四〇〇のライスオイル中への混入経路について

一ピンホール説と工作ミス説

本件油症事件は、被告カネミがライスオイル製造の脱臭工程で使用していたカネクロール四〇〇がライスオイルに混入したため発生したものであるが、右カネクロール四〇〇の混入経路について、原告らは、六号脱臭缶内のカネクロール蛇管に腐食孔(ピンホール)が生じ、右ピンホールには日ごろ充填物が詰まつていたところ、昭和四二年暮ごろ修理した際に衝撃等のため欠落し、同四三年一月三一日同号缶の試運転開始以来同年二月上旬にかけて右ピンホールからカネクロールが漏出混入したと主張する(以下「ピンホール説」という。)のに対し、被告鐘化は、昭和四三年一月二九日一号脱臭缶の隔測温度計保護管先端の溶融工事をした際、被告カネミの従業員権田由松の工作ミスによつて、同号缶内のカネクロール蛇管に孔をあけ、その孔からカネクロールが食用油中に漏出したものであるが、被告カネミが右カネクロールの混入した汚染油を一旦回収タンクに回収したものの、正常油と混合しながら再脱臭を行い、右再脱臭油を点検することなく出荷した結果、本件事故が発生したと主張する(以下「工作ミス説」という。)。

当裁判所は、以下に述べる理由により、結論として工作ミス説をとるのが相当と思料するものであるが、その前に、右両説の比較検討に必要な限度において、被告カネミにおける脱臭装置の増設経過を概観することとする。

二被告カネミにおける脱臭装置の増設経過

〈証拠〉を総合すれば、次の1ないし3の事実を認めることができる。

1被告カネミの脱臭装置は、昭和三六年四月当時、一号脱臭缶、予熱缶一基、冷却缶一基、加熱炉一基、循環ポンプ(ギャー式)一基、循環タンク(容量約二〇〇l)一基、地下タンク(容量三〇〇l位)一基、真空装置(ブースター一基、エゼクター二基、バリコン三基)からなつていたが、被告カネミは、昭和三七年六月に一号脱臭缶と同じく訴外三和を通じて三紅製作所で制作した二号脱臭缶を増設し、次いで同三八年一一月に三号脱臭缶、同四一年一一月に四号脱臭缶、同四二年一一月に五号脱臭缶をそれぞれ増設したものであるが、右三号ないし五号脱臭缶は、被告カネミにおいて直接西村工業所に注文して作らせたものである。

2二号脱臭缶は、昭和四二年九月ころ、カネクロールパイプが外筒に入る所に設けてあるマンホールの上の角の部分に針の孔くらいの腐食孔があり、空気が漏れて真空がきかなくなつたため、被告カネミの鉄工係が溶接修理して使用していたが、一か月くらいして前溶接場所の横の方に再び空気漏れがあり、前同様被告カネミにおいて修理して使用していたところ、今度は、外筒の下から三分の一くらいの高さの所に再び空気漏れが見付かり被告カネミにおいて修理したが、間もなく修理した横の辺りに空気漏れが生じ、被告カネミの修理ではきかないことが分かつたので、同年一一月末日ころ、運転を停止し、そのころ別のもう一基の新しい脱臭缶ができていたので、直ちにこれを新しい二号脱臭缶として設置し、同年末には新二号脱臭缶として始動させたものであり、一方旧二号缶は同年一二月二日西村工業所へ修理のため搬出され、同年一二月一四日に修理が完了して被告カネミに戻り、同四三年一月三一日から六号脱臭缶として始動するようになつたものであるが、旧二号脱臭缶(六号脱臭缶)は、右外筒の修理の際、内槽の覗窓のガラスを取外して外筒の覗窓のパイプと直結し、外槽内のカネクロールパイプにフランジを取付け、ロス取出口のパイプの径を一インチから1.5インチに変更し、内槽から出る油取出パイプをU字管に変更し、油取出口のバルブを外筒の外に出したほか、カネクロールパイプが外筒に入る部分のマンホールを取除き大きなマンホールを取付ける等の変更がなされている。

なお六号脱臭缶の構造は、外筒と内槽の二重の槽からなつており、内槽内には、ステンレス製パイプの蛇管が上下六巻コイル状に二列に設置されており、内槽上部には飛沫防止板、アンブレラが取付けられており、三号ないし五号脱臭缶も、ほぼ六号脱臭缶と同じ設計構造となつている。

3昭和四三年二月当時の被告カネミの脱臭装置は、地下タンク一基、循環ポンプ一基、循環タンク一基、加熱炉二基、予熱缶二基、脱臭缶六基、冷却缶二基、真空装置一式からなつていた。

三ピンホール説とその問題点

1ピンホール説は九大鑑定と六号脱臭缶におけるピンホールの存在を主要な根拠とするものであるが、〈証拠〉を総合すると次の事実が認められる。

九大工学部化学機械工学科教授篠原久ら鑑定人は、「六基の脱臭缶内へのカネクロールの漏出の有無、あるとすれば漏出の箇所及びその量。六基の脱臭缶内カネクロール循環ステンレスパイプに生じたピンホールの成因について。」等及び「六号脱臭缶蛇管の腐食孔の成因について。」等を嘱託事項とする小倉警察署長からの鑑定委嘱に基づき、それぞれ鑑定を行い、昭和四四年八月二〇日付鑑定書(甲第二九号証の一、二)と同四五年二月三日付鑑定書(甲第三〇号証の一、二)を提出した(以下一括して「九大鑑定」という。)。

九大鑑定は、各種の実験、分析及び試算の後、カネクロール四〇〇のライスオイル中への混入経路について、結論として昭和四四年八月二〇日付鑑定書において、「カネミ倉庫株式会社において昭和四三年二月五日以降、数日ないし十数日間に製品詰めされた米ぬか油に含有されている塩化ビフェニールは、同社の脱臭工場に設置されている第六号脱臭罐内のカネクロール蛇管の腐食孔からカネクロールが漏出し、製品に混入したものである可能性がきわめて大きい。」と記載している。

そして、この可能性が大なることを結論するに至つた理由の要点として

(一) 患者使用油に含有されていた塩化ビフェニールと、被告カネミ脱臭工場で使用中のカネクロールを混入し、脱臭操作を行なつた油中の塩化ビフェニールとについてガスクロマトグラフによる分析を行なつた結果、明らかに成分組成が一致したこと。すなわち、患者使用油中の塩化ビフェニールは脱臭操作を受けたカネクロールであることが明らかであること。

(二) 六号脱臭缶のカネクロール蛇管を切取り、検査した結果、最大二mm×七mm程度にも及ぶ貫通孔のほか径一mm内外の貫通孔数個が確認され、孔の中には異物が充填されていたため現地での漏れ試験の際には漏出量が少量であつたことが分かつた。しかもこの充填物は、爪楊枝の先で容易に除去される程度の軟弱なものであつたこと。

(三) 六号脱臭缶が試運転された昭和四三年一月三一日、二月一日、二月二日の脱臭油を製品とした日が、患者使用油が製品詰された同年二月五日と時期的にちようど一致すること。

(四) 患者使用油中のカネクロール含有量は、六号脱臭缶の前記腐食孔内充填物が一部でも欠損しておれば、その漏出量から説明しうる程度の量であること。

(五) 旧二号缶を改造して六号脱臭缶とした工事の間に、腐食孔内の異物が損壊あるいは多孔質化する可能性は決して少なくないと判断されること。

(六) 運転後短時日の間にこの漏出孔が閉塞する可能性もあると判断されること。との諸点を挙げている。

特に、右(六)の腐食孔閉塞の可能性について、脱臭缶内カネクロール蛇管の腐食孔が短時日のうちに、油の重合物の付着、充填物の膨潤、カネクロール中の不純物粒子等により閉塞したとの可能性があるとする九大鑑定は、実験を重ねた結果、一mm、二mm程度の孔は油の燃焼が起るとか、摂氏三〇〇度程度であまり油が流動しない状態に保たれれば、タール状物質の生成により比較的短時間に閉塞することが明らかであるが、通常の操業状況すなわち摂氏二三〇度程度で油、カネクロールが共に流動している状態では容易に閉塞するとは思えないが、運転休止時、缶の余熱で摂氏二五〇ないし二七〇度程度に保たれる時間があれば、その蓄積によつて数日のうちに塞がれる可能性はあるとし、昭和四三年一月三一日、二月一日、二月二日における六号脱臭缶の運転状況は、昼間二ないし五バッチの運転をし、夜間は休止していたことから右可能性につながると考えられるうえ、貫通孔の内壁には顕微鏡写真から分かるように、著しい凹凸があるから、油がその間に保持されやすく、右可能性は増大すると考えられるし、また、カネクロールの循環系統には、鉄さび等を除去する十分な濾過装置もなく、地下タンクは開放に近いから、木屑や砂等も混入して一緒に循環される可能性があり、また、配管工事の際には、溶接屑、その他の粉塵が配管内に残されている可能性も大きいので、これらの屑がカネクロールが流出しつつある孔に入り込んで孔を閉塞する可能性もあるとする。

更に、九大鑑定は、以上は一個の孔からの漏出が支配的であつたと考えた場合の推理であるが、充填物に多数の亀裂が入つていたとか、孔充填物が多孔質化していると考えるならば、事情はかなり異なり、実験結果からも明らかなように塞がる可能性は極めて大であり、被告カネミで使用していたカネクロール中には、鉄化合物と思われる赤色を帯びた微粒子が懸濁しており、これが、多孔質内を通つて漏出する際には、瀘過されて、この瀘滓が閉塞を助けているのか、単に油の重合物と思われるものが付着して閉塞するのか、又は、油の重合物と思われる充填物がカネクロールによつて膨潤し、これによつて閉塞が早められるのか、いずれか明確には指摘できないが、おそらくはこれらの影響が重なつて孔の閉塞が起ると考えられるとする。

2しかしながら、ピンホール説は、後記工作ミス説及びその問題点との比較考量においてこれを評価するならば、全体として首肯し難い次のような多くの問題点を有する。

(一) まずその第一は、被告カネミの従業員の認識可能性についてである。

ピンホール説は前述のとおり、六号脱臭缶のカネクロール蛇管にピンホールが存在したという厳然たる事実の裏付けはあるものの、他方被告カネミの従業員の誰もがカネクロール漏出の事態も知らなかつたことを前提としている。

知つたならば右鑑定の時までピンホールをそのままに放置して置くはずはないであろうからである。

しかし、被告カネミの従業員が漏出に気付かなかつたとするには多くの明らかな疑問点が存在する。すなわち、

(1) カネクロール蛇管からのカネクロールの漏出量を認定するのは甚だ困難ではあるが、

(イ) 甲第二九号証の一の九大鑑定によれば、患者使用油に混入した有機塩素量が約一、〇〇〇ppmであつたことから、昭和四三年一月三一日のカネクロール漏出量を試算し、その結果一バッチあたり最大一一七kg(六号缶当日二バッチ運転で、それが他の脱臭缶で脱臭された正常な脱臭油五〇ドラム分に均一に希釈されたとする場合)、最小8.92kg(正常油に希釈されず、汚染油がそのまま製品になつた場合)であつて、現実にはその中間の条件が可能性として考えられる旨の結論を出していることが認められる。しかしながら右鑑定でも認めているように、脱臭油がウィンター工程へ払出される際、一体どのくらいの量の正常脱臭油で希釈されるか(当日の全脱臭油は五〇ドラムとされているが、果してその五〇ドラムに希釈されるか)、またピンホール開孔後、日時の経過に伴い漏出量はどういう割合で減少していくと考えられるか(ピンホール説では短時日による閉塞を前提としているのであるから、通常開孔した日とされている一月三一日が最も漏出量が多いと考えられるはずである。)等により、カネクロールの総漏出量にも著しい差異の生じることは避けられないところであり、右方法によりカネクロールの漏出量を推算することは困難だといわざるをえないけれども、ウィンター工程一トンタンク三基分(約一五ドラム)に六号脱臭缶一バッチ分が混入し希釈されるとして(甲第二九号証の一の第五次鑑定作業のカネクロール減少量についての九大実験の際の前提)推算すると、一月三一日の漏出量は一バッチあたり約七〇kgとなり、当日二ドラム生産されたと仮定して当日のみで約一四〇kgのカネクロールの漏出があつたということになる。

(ロ) 次に被告カネミの帳簿(同被告の帳簿には度度改ざんの跡が見られ、必ずしも信用性の高いものとはいえないが)からカネクロールの漏出量を検討していくに、〈証拠〉によれば、被告カネミにおける加熱炉一基、脱臭缶二缶のカネクロール自然消耗量は一か月一〇ないし一五kg程度にすぎず、正常運転の場合、脱臭係は一か月一五kg程度のカネクロールを補給すればよかつたこと、もつとも脱臭缶の稼働開始に際しては五〇kg程度のカネクロールの補給を要することが認められるのに対し、丙第二九号証(精製日報)、第五三号証、第一六二号証によれば、精製日報には昭和四三年一、二月度のカネクロール補給状況について、一月七日に五〇kg、一月三一日に二〇〇kg、二月(日時の記載がない。)に二五〇kgという記載があること、右二月の補給は実際には二月一日になされたこと、それも訴外三油興業株式会社は被告カネミの発注を受けて、一月三一日に日新蛋白工業株式会社、吉富製薬株式会社から借り受けた合計三〇〇kgのカネクロールを同被告に納入し、引続き二月にも更に二五〇kgを追加納入していることが認められるところからすれば、仮に六号脱臭缶稼働開始のための必要量五〇kgと一月中の自然消耗量一五kgを考慮するとしても、少なくとも一月三一日の二〇〇kgと二月一日の二五〇kgの合計四五〇kgのうち三八五kgは使途不明のカネクロールであることとなる。

(ハ) 右(イ)、(ロ)のとおり、一日に約一四〇kg、あるいは総量で約三八五kgもの大量のカネクロールが食用油中に漏出したことになり、その際にはカネクロールタンクの異常減量や、装置稼働の際のなんらかの異変、例えば脱臭缶の真空度が上がらないなどの異常(甲第二九号証の一中には一バッチ一一七kgの漏出の時、右異常が起る旨の記載がある。)、脱臭油の異常な増量などの現象が生じることが考えられ、被告カネミの従業員(とりわけ脱臭係)がこれらの現象に気付かず操業を続けたとすることは不自然にすぎるのである。換言すれば被告カネミの従業員は、カネクロールの食用油中への漏出を認識したか、又は容易に認識しえたものと推認することのほうが極めて自然であり、このことは更に次の事実からもうかがえるところである。

(2) 脱臭油の色相の変化について、〈証拠〉によれば、被告カネミは製品の品質検査として毎日脱臭が終つた各脱臭缶ごとにとつた試料を全部混ぜ合わせて、試験室において、色相のほか酸価、風味、発煙点などを検査し、その結果によつて品質の良いものはサラダ油、これに次ぐものは白絞油として出荷していたこと、社内規格は白絞油で、色相赤3.5、黄三六以下であつたことが認められるが、丙第四八、四九号証によれば、新カネクロール一に対し、古カネクロール2.87(これが昭和四三年初めごろ被告カネミで使用中のカネクロールの状態に最も近い。)の割合で混合したカネクロールについて、原告ら患者が使用した商品であるライスオイルに混入していたカネクロールの濃度である二ないし三、〇〇〇ppmに近いものに見合う色相についての実験結果を見てみると次表のとおりであることが認められる。

したがつて、被告カネミが、平常どおり、前記製品検査を行なつておれば、正常脱臭油とカネクロール入り脱臭油の顕著な色相の違いにより、当然に脱臭油の異常について知りえたはずであり、被告カネミが右異常を知りえなかつたとするのは、極めて不自然なことといわざるをえない。

(3) 次に甲第二九号証の一の九大鑑定によれば、脱色油約三六〇kgにカネクロールを一〇kg混入したうえで脱臭実験をなした際、当初の検体中には有機塩素量が一万二、三〇〇ppmあつたものが、脱臭後には、一、〇三〇ppmと約一二分の一に減少していたこと、一方飛沫油中には有機塩素量が約二万八、〇〇〇ppm検出されたことが認められる。このようにカネクロールのほとんどは脱臭工程を経ると、脱臭油に残存せず、飛沫油や、蒸散して真空装置に引かれ、あわ油、セパレーター油などに混入することは明らかであり、したがつて右各油を取り出す際には多量のカネクロールの混入による顕著な異常の出ることが容易に推測せられるところであつて、この点からするも被告カネミの従業員が脱臭油の異常に思い至らないことは不可思議にすぎる。

番号

脱臭操作後残存カネクロール量(ppm)

色相

一、五二三

七・六

五四・〇

一、九二八

七・八

五四・〇

二、六八五

七・六

五四・〇

一、九三八

七・八

五六・〇

二、六九五

七・八

五六・〇

(4) 〈証拠〉によれば、被告カネミにおける脱臭作業については、訴外三和の指導により、脱臭に関する作業日誌が作成されていたにもかかわらず、本件油症事件発生の前後において紛失し、証拠として現われてないことがうかがえることに加えて、丙第二五号証(試験日報、昭和四三年一月分)、第二七号証(同、同年二月分)、第二九号証(精製日報、昭和四三年度分)、第三一号証(ウインター日誌、昭和四三年一ないし三月分)などの被告カネミの帳簿を点検するに、昭和四三年一月三〇日から二月三日までの間に数数の書き直した形跡がみられ、丙第一五六、第三四二号証によれば、森本工場長及び二摩初において右日報等を後日改ざんしたことを認めていることが明らかであるが、こうした帳簿の紛失、改ざんの事実それ自体、当時被告カネミの従業員がカネクロール漏出の事実を知つていたのではないかという疑いを強く抱かせるものといわざるをえないうえ、右改ざんの内容と態様をし細に検討し、かつ〈証拠〉を併せ考えると、被告カネミの脱臭工程は、昭和四三年一月二七日以前においては一号缶から五号缶をもつて操業されたこと、一月二八日(日曜日)から同月三一日までの四日間は一号缶から六号缶まですべて運転が停止されていたこと及び二月一日から二月二七日までは二号ないし六号缶が運転され、一号缶のみ運転が停止されていた事実がうかがえるのであつて、右は一月二八日から同月三一日までの間において、被告カネミにとつて、一号缶の運転を停止せざるをえない不測の事故が発生したこと、被告カネミにおいて右同日ころの帳簿改ざん等事故隠蔽の対策に腐心したこと、しかして右事故の内容は一号缶のカネクロール漏出に関するものであることを窺わしめるものである。

確かに、右改ざんの動機及び経過については本件全証拠によるもこれを明らかにすべき確たる証拠はないが、さればといつて改ざんの事実が持つ前示の意味合いを軽視することもできないのである。

(二) その二は事故ダーク油中PCBパターンとの関係についてである。

後記ダーク油事件も本件油症事件と同様PCBの混入により生じたものであるが、〈証拠〉によれば、被告カネミでは脱臭工程で生じた飛沫油、あわ油をダーク油中に混ぜていたことが認められる〈反証排斥略〉のであつて、これにより、脱臭工程より前段階で副成されるダーク油中にカネクロールが混入したものと考えられるところ、甲第二九号証の一(九大鑑定)によれば、飛沫油、あわ油の塩化ビフェニール成分について、飛沫油のそれは普通のカネクロール成分とかなり一致しているが、幾分低沸点部分が多いこと、あわ油やセパレーター油のそれは、低沸点成分が高沸点成分より、より多く含まれていることが認められるのであるから、右飛沫油及びあわ油を投与した事故ダーク油中の塩化ビフェニール成分も当然に本来のカネクロールのそれより低沸点部分が多いパターンを示すはずであるにもかかわらず、現実には丙第一六、第一八、第三四六、三四七、第三五一、三五二号証から明らかなとおり、事故ダーク油中のカネクロール四〇〇の化学的組成は、本来のカネクロール四〇〇のそれよりもやや低沸点部分(三、四塩化物)が少なく、むしろ高沸点部分(五塩化物)が多くなつたパターンを示していたものであつて、この点、本来のカネクロールより低沸点部分の多いカネクロールを含む飛沫油、あわ油等だけをダーク油に混入するとするピンホール説では説明できにくい現象が存在し、むしろ後記のように工作ミス説を示唆するものといわなければならない。

(三) その第三は三号脱臭缶、四号脱臭缶とピンホールの関係についてである。

甲第二九号証の一(九大鑑定)、丙第一二六、第一五一号証によれば、九大鑑定に明らかなとおり、三号脱臭缶と四号脱臭缶については、他の脱臭缶と異なり、カネクロール蛇管にピンホールの存在は認められないにもかかわらず、脱臭缶内釜の外壁には塩化ビフェニールの付着が確認されていることが認められるが、右ピンホール説からでは説明しにくい現象であり、かえつて、三号、四号脱臭缶を使つて汚染油を再脱臭したとする工作ミス説を裏付けるものである。

(四) その第四は事故油の製造、出荷状況との関係についてである。

甲第九二号証(油症研究報告集昭和四四年六月)一二八頁によれば、油症研究班分析部会の化学分析結果のとおり、昭和四二年一〇月から同四三年一〇月にかけて出荷されたカネミびん入油一〇九サンプルをガスクロマトグラフィーで調べた結果、昭和四三年二月七、一〇、一一、一二、一五、一七、一八、一九日のサンプルと三月一一、一八、二一日のサソプルにカネクロールが証明されたがその他はすべて陰性であり(検出限界カネクロール約一〇ppm)、カネクロールが証明されたサンプルの中でも二月七日のものが最も多量に含み、二月一一日以後のものは検出限界に近い微量を含んでいるにすぎないし、製造日との関係でいえば、二月五日製造カネミかん入油の中にカネクロールが約二、〇〇〇ppm含まれているが、二月一四日製造のかん入油には微量、その後製造分についてはカネクロールの存在は証明されなかつたのであつて、カネクロールの食用油混入は二月五日及びそれ以後数日の間に製造出荷されたカネミかん入油に限られ、その前後の製造、出荷にかかる食用油にカネクロールが混入した事実のないこと及び丁第三七号証によれば林兼産業に納入した事故ダーク油の出荷日は昭和四三年二月一四日分に限られており、その前後の出荷ダーク油にカネクロールが混入した事実のないことがそれぞれ認められるのであるが、右のようにごく短期間の事故油にのみ極めて大量のカネクロールが混入した事実は、逐次カネクロールがピンホールから漏出して混入するピンホール説の混入態様と明らかに矛盾するものであつて、事故原因がピンホール以外の原因であることを示唆するものである。

(五) その第五はピンホール説の中心的証拠である九大鑑定についてである。

(1) 鑑定の経緯について、甲第二九号証の一、丙第一二六、第一五一号証によれば、九大鑑定の鑑定人らが鑑定を嘱託されたのは、小倉警察署の捜査の結果ピンホールが発見された以後のことであり、当初から主として六号脱臭缶のピンホールからの漏出可能性に焦点を合わせて鑑定作業が開始され続行されたこと、鑑定に当り、警察側の意向もあつて、鑑定人自身カネクロール漏出の原因として、ピンホール漏出以外の原因の存在を疑つたことはほとんどなく、したがつてまた九大鑑定は、当然には漏出経路に関する他の説を排斥するものでないことが明らかである。

(2) ところで、鑑定の内容について、混入経路に関する九大鑑定を評価するに当つて留意すべきことは、三八kgに及び大量のカネクロールが数日間という短期間に限つてライスオイルに混入したという事実である。以下この観点から前示九大鑑定の結論の理由について検討を加える。

(イ) (ピンホールの存在について)

同鑑定の結論の理由中ピンホール説を積極的に裏付けるものは前示理由三の1の(二)、(五)及び(六)の三点であるが、六号脱臭缶のカネクロール蛇管に最大二mm×七mm程度にも及び貫通孔のほか径一mm内外の貫通孔数個が確認されたとする(2)については、その程度のピンホールで三八五kgもの大量なカネクロールが数日間にライスオイルに漏出可能であろうかという素朴な疑問は暫く措くとしても、同理由自体鑑定検査時において孔中に異物が充填されていたことを認めているのみならず、後記のとおり漏出事故発生時において孔が開いていたか否かは各種実験、検査の結果からは不明であるのであるから、孔の存在の事実以上にピンホール説を積極的に支持する理由とも認め難いのである。

(ロ) (開孔の可能性について)

次に開孔の可能性は決して少なくないとする(5)が厳密な実験による裏付けのない推論ないし仮定の前提事実に基づく推論にすぎないことは甲第二九号証の一自体から明らかである。特に同号証第五章第2節(1)開く可能性の項目記載によれば、各種実験と金属学的検査及び孔充填物の分析結果からの総合判断では、漏出事故発生当時孔が開いていたかどうかを断定することは非常に困難であるとしながら、旧二号缶の改造工事の事実等から開孔可能性を推理している論法からすれば、抽象的な開孔可能性があるとしてもピンホール説を裏付けるに足る程度の具体的なかつ確実な可能性があるか否かは疑いなしとしない。

(ハ) (塞がる可能性について)

また、運転後短時日の間に漏出孔が閉塞する可能性もあるとする(6)はなんらかの理由で開孔したピンホールが条件次第では短時日の間に自然に閉塞する可能性があるとするものであるが、その実験は現実の操業条件と同一か、なるべく近似した条件で行われなければならないところ、実験は現実の操業より閉塞しやすい条件で行われた疑いがあり、この点実験結果をにわかに首肯し難いものがある。すなわち、甲第二九号証の一によれば、実験は直径二mmの孔径、圧力差は調合カネクロールの液深一二cm相当分で行われたことが認められ、右認定の開孔の断面積は3.14mm2(1mm×1mm×3.14=3.14mm2)、圧力はカネクロールの比重を1.28として水柱に換算すると15.36cmとなるのに対し、同号証によれば、現実に操業中の開孔径は二mm×七mm、運転中の圧力差は1.3kg/cm(九大鑑定における仮定)であることが認められ、右鑑定の開孔の断面積は13.14mm2(1mm×1mm×3.14×1/2×2+2mm×5mm=13.14mm2)、圧力差は水柱に換算して一、三〇〇cmとなるのであるから、現実の操業条件は実験と比較して、孔の断面積において約4.2倍、圧力差で約八〇倍となり、極めて閉塞しにくい条件であるということができるのであつて、この意味においてピンホールの閉塞可能性に関する九大鑑定の実験結果には疑問がある。また、前示のとおり、同鑑定はピンホール閉塞の可能性が更に増大する条件として、孔充填物に多数の亀裂が入つていたとか充填物が多孔質化していることを挙げるが、右はいずれも検証を伴わない全く仮定の条件であつて、これらに基づく閉塞可能性増大の推論は現実的な前提を欠くものといわなければならない。

(二) 次に九大鑑定の結論の理由の(1)、(3)及び(4)はいずれも工作ミス説と必ずしも矛盾するものではないうえ、(1)については、患者使用油が含有する塩化ビフェニールと被告カネミのカネクロールを混入して脱臭操作を行なつた油中の塩化ビフェニールとについて、ガスクロマトグラフによる分析の結果、明らかに成分組成が一致したとするが、右分析対比に当つては、患者使用油と同一又はなるべく近似した脱臭操作より作出された油を分析して対比すべきが至当であり、そのためにはピンホールからの連続的混入の方法をとるべきであるにもかかわらず、甲第二九号証の一によれば脱臭実験前に一括して一〇kgの新しいカネクロールを脱色油に混入させて行なつていることが認められるのであつて、このような事前混入による脱臭操作を経た油中の塩化ビフェニールの成分組成はピンホール説の事故油のそれよりもむしろ工作ミス説の事故油のそれに近いものというべきである。しかして、同鑑定における分析の結果は、患者事故油の塩化ビフェニールの成分組成と事前混入の脱臭油のそれとが一致したというのであるから、ピンホール説よりむしろ工作ミス説を示唆するものではないかとの疑問がある。

四工作ミス説とその問題点

1前記工作ミス説については、それを裏付ける直接的な証拠として、丙第一一八号証(弁護士松浦武と樋口広次の対談記録の公正証書)、丙第一一九号証中の樋口広次から加藤八千代に宛てた手紙二通及び丙第一五七号証(小山松寿の公正証書)等があり、間接的な証拠として、丙第九二号証、丙第一〇七号証(加藤八千代の公正証書)の中の山内松平から加藤八千代に宛てた手紙二通、加藤五平太から加藤八千代に宛てた手紙、丙第一〇八号証(弁護士松浦武の陳述書)、丙第一〇九号証(弁護士川尻治雄の報告書)、丙第一一六号証(伊藤寿志の公正証書)、丙第一二〇号証(神林純一の証人調書)、丙第一二七号証(稲神馨の「製造物責任の問題点を考える」と題する講演要旨)、丙第一二八号証(神力達夫の「ピンホール説は正しいか」と題する論文)、丙第一五二号証(岩田文男の証人調書)、丙第一五三号証(神力達夫の証人調書)、丙第一六二号証(緒方毅の証人調書)、丙第一六五号証(松浦武の証人調書)、丙第一六六号証(川尻治雄の証人調書)、丙第二〇〇号証(一号缶検証調書)、丙第二〇五号証(菊田米男の証人調書)、丙第二〇六号証(一号缶鑑定書)等がある。しかして前者は、いずれも本件事件当時被告カネミの脱臭係長であつた樋口広次又は脱色、脱臭係員であつた小山松寿において本件油症事件の真相を明らかにするということで供述し、書面を作成したものであることが認められるし、後者は工作ミス説が真相であることを伝聞した経緯を述べたり、科学的工学的見地からピンホール説へ疑問を提起するか工作ミス説が正しい所以を示唆して、前者の証拠を補強するものであることが認められる。

2しかしながら、工作ミス説にも次のような多くの問題点が存する。

(一) まず前記直接的な証拠について述べるに、

(1) 丙第一一八号証の対談記録は、長時間にわたる対談の中で、樋口は松浦弁護士の積極的な誘導に対し、暖昧かつ消極的な応答に終始しており、同号証だけでは独立して工作ミス説を立証するに足らず、工作ミス説を十分に理解するためには丙第一一九号証中の樋口の手紙や丙第一六五号証の松浦弁護土の証言を参酌しなければならないうえ、丙第一一八号証の対談後福岡高等裁判所で行われた樋口広次の証人調書である丙第一二四号証と弁論の全趣旨によれば、樋口は右証人尋問に当り、工作ミスに関連する事項についての質問に対しては、終始沈黙して何一つ答えていないし、また本件油症事件発覚後の捜査段階でも工作ミス説を示唆するなんらの供述をしていないことが認められるところからすれば、油症事件発生後一二年余の昭和五五年に至つて工作ミス説を供述するようになつた理由が今一つ不明確である。これに加えて丙第一六五号証によれば丙第一一八号証は松浦弁護士において樋口の承諾なく秘密裡にテープを採取し記録したものであることが認められること等からすれば、同号証は内容的手続的にその信憑性に問題がある。

(2) 丙第一一九号証中の樋口広次から加藤八千代に宛てた手紙二通のうち、昭和五五年九月一一日付手紙中工作ミス説に関する部分は理路整然と、しかもかなり難しい漢字を使用して詳述しており、樋口本人の記憶に基づくか否かの疑問がある

(3) 丙第一五七号証は事故発生当時の脱色、脱臭係員であつた小山松寿の昭和五七年六月八日付陳述の公正証書であるが、該陳述書は、自ら認めているとおり被告鐘化の佐藤某、塚本弁護士の協力を得て作成されたものであり、その限りにおいての信憑力しか持ちえないものではないかとの疑問がある。

(二) 工作ミス説が工作ミスを指摘する一号脱臭缶については、九大鑑定の際、鑑定人らが六号脱臭缶に次いで一号脱臭缶を検討したにもかかわらず一号脱臭缶の溶接痕が発見されたことは本件全証拠によるも認められないのであつて、この点客観的証拠に乏しいという批判は免れない。

(三) また、丙第三三、三四号証の被告カネミの鉄工係日誌中に昭和四三年一月二九日隔測温度計保護管先端の孔の拡張工事についてなんら記載がないことも工作ミス説にとつて証拠上の難点といわざるをえない。

五工作ミス説の相当性

ところで、本訴においては、カネクロール四〇〇のライスオイル中への混入経路としてピンホール説と工作ミス説のみが主張され、その余の主張はなんらなされていないところ、右両説には、前示三、四でみたとおり、証拠上それぞれ多くの問題点がある。

しかしながら、右両説の問題点を彼此対比考量すれば、ピンホール説の問題点は証拠上ピンホール説を首肯し難い重大な難点を有するのに対し、工作ミス説の問題点は証拠上工作ミス説を首肯し難い程の決定的な難点を有するとは認め難いのである。

そこで工作ミス説の問題点を検討するに、まず前示四の2の(一)の(1)については、確かに丙第一一八号証の対談記録には内容的手続的にその信憑性に疑念を挟む余地があることは否定できないのであるが、樋口の重い口にもかかわらず、その言わんとするところは一号脱臭缶のカネクロール蛇管に工作ミスが発生した事実、そのためカネクロールが食用油中に漏出した事実、汚染油を再脱臭して出荷した事実及び事情を知る被告カネミ関係者が工作ミスを極力秘匿している事実以外の何ものでもないことが明らかに看取できるのであつて、右の疑念の存在の故に工作ミス説立証の証拠価値を失うものではない。法廷における沈黙や事件発生一二年後の告白の理由についても、丙第一六五号証及び弁論の全趣旨から明らかなとおり、樋口は被告カネミの従業員として告白を同被告への裏切りであると信じていること、被告カネミの従業員のほとんどは現在なお工作ミス、再脱臭の事実を否認又は知らないでいること、ピンホールの発見により事件発生以来、警察、検察庁、各行政官庁及び民、刑裁判において、一貫して、事故原因は六号缶ピンホールからの漏出である旨判断され、その判断が次第に定着してきた経緯があることに被告鐘化弁護団の熱心な訴訟活動を総合すれば、樋口の態度を理解できないものではない。また、前示四の2の(一)の(2)、(3)についても、樋口又は小山が第三者の助力を得たことはうかがえるのであるが、さればといつて樋口の手紙及び小山の陳述書が持つ工作ミス説の証拠価値を否定するものとも認め難い。次に前示四の2の(二)、(三)については、これらを含めて工作ミス説の証拠上の難点は、結局ピンホール説におけるピンホールの存在に匹敵する程度の客観的証拠に乏しいという点に要約されるが、前示のような本件油症事件発覚以来ピンホール説が定着するに至つた経緯の中での立証活動という観点から考えるとき、一面において、誠にやむを得ない難点であるというほかはないのである。(二)の一号脱臭缶の溶接痕の未発見の点は、丙第一二六、第一五一号証によれば九大鑑定における各号脱臭缶の検討は六号缶を中心として専らカネクロールの漏出可能性のある孔、特に腐食孔の発見を目的として行われ、溶接痕の発見はほとんど念頭になかつたことが認められるところからすれば、一号脱臭缶の溶接痕の未発見は工作ミス説の証拠上の難点であることは間違いないとしてもこれを否定する決定的理由とは言い難いのである。また、(三)の鉄工係日誌不登載の点も、前示帳簿改ざんの事実からうかがえるような被告カネミの帳簿に対する杜撰な取扱いからみれば説明がつかない現象でもないのであつて、登載があれば工作ミス説をより十分に立証できるという以上の意味は持たないと解することもできる。

これに反し、ピンホール説の問題点はピンホール説を首肯し難い重大な難点といわなければならないことは前示三の2において詳しくその問題点を分析したところから自ら明らかである。特に、被告カネミの従業員がカネクロール漏出の事実に気付かなかつたとすることは証拠上到底容認できるものではないし、事故ダーク油中のPCBパターンや三、四号脱臭缶内釜外壁の塩化ビフェニールの付着の事実については、ピンホール説より工作ミス説のほうがより容易に説明できるものであつて(前老についてはダーク油に本来のカネクロールより低沸点部分の多いカネクロールを含む脱臭工程で生じた飛沫油、あわ油等のみならず、本来のカネクロールより高沸点部分の多いカネクロールを含む汚染油の両者が投入された可能性があることは、前示のとおり事故ダーク油中には本来のカネクロールより高沸点部分が多く含まれている事実に被告カネミの杜撰な操業態度等を考え併せると、これを推知することは必ずしも困難ではない。)、これらの問題点はピンホール説を首肯し難い重大な難点であるといわなければならない。しかして前示三の2において、ピンホール説の問題点として指摘した批判の多くは、すなわち、直ちに工作ミス説の論証につながるものであり、両説とその問題点の軽重を彼此対比考量した結果、本件油症事件におけるカネクロール四〇〇のライスオイル中への混入経路として、当裁判所は工作ミス説をとるのが相当と思料するものである。

第五  被告カネミ及び被告加藤の責任

一請求原因1の(二)の事実及び(三)のうち被告加藤が昭和二七年一二月に被告カネミの前身であるカネミ糧穀工業株式会社の代表取締役に就任したこと、同三六年四月から製油部担当取締役と本社工場の工場長を兼務したこと、本社工場の工場長は同四〇年一一月までであり、その他の業務には現在まで従事していることは、原告らと被告カネミ、同加藤との間において争いがない。

二被告カネミの責任

ところで、被告カネミは、食品製造販売業者として、消費者に安全な商品を供給するため、化学合成物質であるカネクロールをその食品製造工程に使用する以上、従業員のカネクロール蛇管に対する工作ミスにより、カネクロールが製品油に混入することのないようにその製造工程における万全の管理をなし、また、一旦カネクロールの混入を知つた場合においては、直ちにその汚染油を廃棄するか、少なくともカネクロールを完全に除去する手段を講ずべきはもちろん、出荷前に安全性を確認するに足る十分な点検を行う等して、カネクロールの混入した製品油が消費者に供給されることがないよう万全の措置をとり、もつて製品油による人体被害の発生を未然に防止すべき極めて高度の注意義務を負うというべきである。

しかるに、本件油症事件は、被告カネミが昭和四三年二月上、中旬に販売した食用油であるカネミライスオイルにカネクロール四〇〇が混入していたために発生したものであること、右カネクロール四〇〇は被告カネミの従業員の工作ミスにより被告カネミの製造工程中において右ライスオイルに混入したものであること及び同被告は右混入の事実を知つていたにもかかわらず、汚染油を正常油と混合しながら再脱臭を行い、右再脱臭油を点検することなく出荷したことは前認定のとおりであり、弁論の全趣旨によれば、汚染油を正常油と混合して再脱臭を行うことがカネクロールを完全に除去する方法とは到底いえないことが認められることからすれば、同被告が食品製造販売業者としての前記注意義務に違反したことは明らかである。

前記のとおりカネクロールは当時社会的に毒性がさほど強い物質とは認識されておらず、またその製造販売業者である被告鐘化がカネクロールの安全性のみを強調したために、被告カネミにはカネクロールの有毒性について知見が十分になかつたとしても、このこと自体から被告カネミが免責されるものではないことはいうまでもない。

してみれば被告カネミには、民法七〇九条により原告らが被つた後記損害を賠償する義務がある。

三被告加藤の責任

原告らは、被告加藤に民法七一五条二項のいわゆる代理監督者責任がある旨主張する。

ところで、代理監督者責任は、ある事業で働く被用者がその事業の執行について第三者に損害を加えたとき、その使用者とは別に事実上使用者に代わつて被用者の選任、監督をなす者に対しても認められる責任であるが、これは厳格に特定の被用者の不法行為に限定することなく、広く従業員の人的組織全体の不法行為についても適用があると解するのが相当である。

しかして前示被告加藤に関する当事者間に争いがない事実に〈証拠〉を総合すれば、被告加藤は昭和二七年に被告カネミの前身であるカネミ糧穀工業株式会社の代表取締役となり、以後今日までその地位にあるが、その間同三六年に被告カネミが訴外三和よりライスオイル精製装置を導入して以後本社工場の工場長として、製油部の施設の維持管理や作業員の指揮監督などについて最高責任者であつたこと、同四〇年一一月に森本義人に本社工場の工場長の地位を譲つたものの、その後も担当取締役として右森本の直接の上司であつたこと、したがつて、同四三年当時右森本が製油部門の責任者として、日常の施設の維持管理や工場関係者の指揮監督に当つていたのであるが、資金を必要とする施設の増設、改善、変更等についての決裁は被告加藤が行なつていたし、また製油部の操業状態の大筋や部内で起きた事故などはすべて右被告に報告がなされ、機構上製油部に属さない営繕課に依頼してする機械や装置の修理についても右被告の決裁を必要としたことが認められ、右事実によれば、被告加藤は同四三年二月当時既に工場長の地位を離れてはいたが、森本工場長を始めとする製油部門の人的組織体を使用者に代わつて現実に指揮監督する地位にあつたものと認めるべきであり、被告カネミの前記過失は右人的組織体の過失と評価することができるから、被告加藤としては、原告らの後記損害につき、民法七一五条二項の責任を免れることはできない。

第六  被告鐘化の責任

一請求原因1の(四)の事実は原告らと被告鐘化の間において争いがないところ、原告らは被告鐘化の第一の責任として、同被告が人体に有害なPCBを我が国で独占的に製造販売した責任を挙げる。

しかしながら、本件において原告らが受けた損害というのは、食品製造販売業者である被告カネミが製造したライスオイルが、その製造工程で熱媒体として使用したPCBに汚染されていたため、これを摂取して健康上の被害を受けたというものであり、被告鐘化がPCBを食品工業用熱媒体として製造販売した責任については次の第二の責任として検討するのであるから、これを離れて一般的に、PCBを製造販売した責任を論ずる必要性を見出すことはできない。

原告らの右主張は既にこの点で採用することができない。

二1次に原告らは、被告鐘化の第二の責任として、同被告がPCBを食品工業用熱媒体として製造販売した責任を挙げる。

被告鐘化がPCBを製造し、これを三油興業株式会社を通じ被告カネミに販売していたこと、PCBが毒性の強い危険な物質であること、PCBを食品工業用熱媒体として使用するというのは、すなわち薄い金属板を隔ててPCBと食品とが接触する状況になること、本件油症事件は、被告カネミの工作ミスにより、PCBが食用油中に混入し、同被告において安易にこれを再脱臭したばかりか、PCB残留の有無程度についてなんらの確認手段をとることなく出荷した結果生じたものであることはいずれも前示のとおりである。

(一) ところで、PCBのような本来自然界に存在しない化学物質を新規に合成開発し、これを製造販売する化学企業としては、それを利用する需要者において通常その物質についての専門的知識が十分でなく、また自らその物質の特性を調査研究することにも限界があり、知識不十分に基づく管理上の危険の発生が予想されるから、安全確保の見地から、当該合成化学物質が人体や環境にとつてどのような影響を生じるものであるかをあらかじめ十分に調査研究し、その結果知りえた右物質の特性やこれに応じた取扱方法を需要者に十分周知徹底させるべきであり、仮に十分な調査研究の結果、その安全性が確認できない場合には、少なくとも食品製造業者等人体や環境に危険を及ぼすおそれのある分野には、右物質を販売すべきではない高度の注意義務を負担するというべきである。

しかるに、同被告は昭和二九年に我が国で初めてPCBを開発、企業化するに当り、ドリンカーらの論文、野村茂の研究等の文献を検討したことは前記第三の三の2のとおりであるが、それだけで安易に危険性のさして高くない物質であると信じてしまい、右研究の不十分な点、不足な点を補うため自ら動物実験を行うなり、あるいは他の研究機関等に実験を委託するなりして自己の費用、努力でその安全性を検証したことについては本件全証拠によるもこれを認めることができない。そしてこのような努力をすることなく、当時の産業界、学界等社会一般のPCBに関する前記認識に安易に依拠して、前記第三の三の1のとおり毒性の強い危険なPCBを食品工業の熱媒体として、販売を推し進めた結果、被告カネミの再脱臭という安易な取扱いを誘発し、油症被害を生ぜしめた点において、まず第一に合成化学企業としての注意義務違反があつたといわなければならない。

(二) 第二に、被告鐘化はPCBの毒性について十分の調査研究はしていなかつたものの、少なくとも有機塩素系化合物として毒性のあることを認識していたのであるから、食品製造販売業者に対し食品工業の熱媒体としてPCBを販売するに当つては、食品に微量でも混入させることがないよう、その取扱いには厳重にして細心な注意をなすべき旨を警告すべきはもとより、一旦カネクロールが食品に混入した場合の有効、適切な発見、除去ないし廃棄の技術的方法と必要性を周知徹底させることにより、食品による人体被害の発生を未然に防止すべき注意義務を負担するというべきである。けだし、食品工業の熱媒体としてPCBを使用する場合には、PCBと食品とが薄い金属板を隔てて相接する状態となることは避けられず、したがつて、操業の過程で金属の腐食、操業ミス、その他の原因によりPCBが食品中に混入して入体に対する影響の生ずる危険性が大きいことは当然予測できるうえ、通常PCBを利用する食品製造販売業者に対しPCBの性質についての専門的知識に基づく安全な取扱方法を期待することは困難であるから、食品製造販売業者において被告鐘化からPCBの毒性とその取扱いについて十分な警告を受けかつ一旦混入した場合の発見、除去ないし廃棄の必要と方法を周知させられていれば、混入防止のためにより慎重な操業態度が有りうることはもとより当然であるが、混入後においても食品製造販売業者が混入を知つた以上、安易な処理のままの出荷に及ぶことなく、適切な発見、除去ないし廃棄の方法を講ずることにより、人体被害という最悪の結果を回避することができるであろうからである。

これを本件についてみるに、本件油症事件発生当時におけるPCBに対する社会一般の毒性認識については前示第三の三の2説示のとおりであるが、右の毒性認識と被告鐘化の関わりを少し詳しく考えてみるに、〈証拠〉を総合すれば、被告鐘化は内部的に、カネクロール製造現場における障害予防対策として「(1)グルサン錠を一ヶ月一人当り六〇錠宛配布し、カネクロール蒸気の曝露状況に応じ服用させている。(2)保護クリーム(カネクタンA)の使用により、カネクロール蒸気による皮膚障害の予防と、カネクロール付着の際、簡単に洗去出来るよう計つている。(3)カネクロールは通常の石鹸で洗去しにくいので、産業洗剤を設置し、皮膚への付着物を直ちに洗去するようにしている。(4)素手にてカネクロールを扱わないよう注意すると共に、カネクロール蒸気への曝露時間を出来るだけ少なくするよう心掛けている。また環境改善には常に留意している。」旨記載した部内書類を作成、運用していたのに対し、カネクロール販売のための対外資料(甲第四〇、四一号証)には専ら電気特性、溶解性、安定性、不燃性などといつたカネクロールの物理的化学的特性やその用途などが強調されて記載されているにすぎず、カネクロールの取扱い上の注意などには全く触れられていなかつたし、被告カネミが参照したとされている熱媒体用のカタログ(甲第三二、三三号証)では、その「まえがき」においてカネクロールが不燃性、非腐蝕性の液体で化学的に非常に安定で、液の損耗もなく、操作も簡単かつ設備費も有機気相媒体と比較して安価であるといつた秀れた特徴をもつている旨の記載があり、取扱い上の注意については末尾に「取扱の安全」の項で「カネクロールは芳香族ヂフェニールの塩素化物でありますので、若干の毒性を持つていますが、実用上ほとんど問題になりません。しかし、下記の点に注意していただく必要があります。(1)皮膚に付着した時は石鹸洗剤で洗つて下さい。もし付着した液がとれ難い時は、鉱油か植物油で洗い、その後石鹸にて洗えば完全におちます。(2)熱いカネクロールに触れ、火傷した時は、普通の火傷の手当で結構です。(3)カネクロールの大量の蒸気に長時間曝され、吸気することは有害です。カネクロールの熱媒装置は普通密閉型で、作業員がカネクロールの蒸気に触れる機会はほとんどなく、全く安全であります。もし匂いがする時は装置の欠陥を早急に補修することが必要であります。」と記載されていたが、カネクロールが食品に混入した場合の発見、除去の方法はなんら記載していなかつたこと、訴外三和の技術部長岩田文男は被告鐘化からカネクロールの売り込みを受けた際、その毒性について動物実験を行なつた結果、全然支障がないことが判明したということを聞いたものであり、また熱媒装置の設計者であつた斎藤晴彦も同じくカネクロールの毒性について被告鐘化から何も聞いていなかつたこと、右のような被告鐘化のカタログ記載及び販売態度もあつて、例えば、(1) 訴外三和の天童工場長であつた花輪久夫は、カネクロールが安全なものであると考えていたのであり、カネクロールを取扱う従業員に対しても手袋、マスクの着用といつた特段の注意をしたことがなかつたし、(2) 日本精米製油株式会社に勤務していた内藤実もカネクロールが人体に有害であるとは少しも知らなかつたので、カネクロールが手についても気にとめたこともなく、素手で扱つたこともあり、手にカネクロールがついたときはぼろぎれでふいたり、石鹸で洗う程度であり、カネクロールの廃棄処分についても、同人は、指示を受けたこともなく、手をふいたぼろぎれもごみ捨場に捨てていたし、(3) 不二製油株式会社に勤務していた中山貞雄も熱媒体の毒性について考えたこともなく、業界でそのことが問題にされたこともなかつたし、(4) 訴外三和の社長であり、日本米油工業会会長をも兼ねていた坂倉信雄も熱媒体としてカネクロールを使用していた全国農村工業農業協同組合連合会の平塚工場で米ぬか油脱臭工程を担当していた高梨三男も右とほとんど同一程度の知見、取扱いであり、熱媒体であるカネクロールの毒性について、食用油脂工業者の間で、特段問題とされたことはなく、同工業者間では中規模以下の工業者が、カネクロールの持つ不燃性の長所から工場の安全性を考えて熱媒体にカネクロールを採用することが多かつたが、本件カネミ油症事件発生に至るまで、カネクロールの持つ有毒性はもとより食品に混入したカネクロールの発見、除去の方法を理解するものはほとんどいなかつたことが認められる。

右認定の事実に徴すれば、被告鐘化は、そのカタログにおいて、カネクロール四〇〇には若干の毒性がある旨の記載はしたが、右はその前後の文意の中でこれを読むときは食品製造販売業者に対しカネクロールを熱媒体として使用して食品を製造するに際し細心の注意を促すには全く不十分である、のみならず、むしろその毒性が実用上問題にならない程度であることを冒頭で強調することによつて、これを読む者に毒性を過少評価させ、前記営業担当社員の販売の際の説明と相まつて、いつの間にか需要者をしてカネクロールはほとんど無毒であるとの誤つた認識を植え付け、ひいては被告カミネのカネクロールに対するいい加減な取扱いを招いたものである。したがつて、被告鐘化が当時の一般食用油脂工業者のカネクロールに対する右のような浅薄誤解の知見の事情を知らない道理はないといわなければならないし、また右知見に基づくカネクロールの安易な取扱いの実情も当然知つていたか、少なくとも容易にこれを知りうる立場にあつたものといわなければならない。これらに弁論の全趣旨から明らかなとおり、被告鐘化がその販売の対象とした食品製造販売業者には被告カネミ程度の零細で装置の保全管理や食品の安全性の検査等に十分な専門的知識を有する従業員を擁することのできない企業が多かつた事実や被告鐘化においてカネクロールが食品に混入した場合の発見、除去ないし廃棄の必要と方法についての知識を需要者に全く知らせなかつた事情等を彼此考え併せると、食品油製造の過程において、カネクロール蛇管の腐食あるいは工作ミス等具体的原因の態様はともかくとして、カネクロールが食用油に誤り混入するおそれがあること、一旦誤り混入し、被告カネミがこれを知つた場合において、同被告がカネクロールの人体に及ぼす毒性を理解し、カネクロールの発見、除去ないし廃棄の必要と方法を了知しておりさえすれば、その理解、了知したところに従い汚染油を適切に処理し、人体被害を生ぜしめる結果はなかつたであろうこと、換言すれば、汚染油を廃棄することなく、さしたる根拠もなく再脱臭によりカネクロールを減少又は消失させようとしたばかりか再脱臭後残留カネクロールの発見、除去のため有効な確認手段を全く講ずることなく出荷に及び、人体被害を生ぜしめるがごとき最悪の結果を回避できるであろうことは、カネクロールを初めて開発し販売した被告鐘化にとつて通常予見すべき範囲内の事柄に属すると認めるのが相当であつて、必ずしも従前工作ミス説と同種事故例が存在したとか、被告カネミ同様の再脱臭ないし残留カネクロール未確認の出荷が時時行われていたとか、被告鐘化がこの種違法行為を具体的に知つていたとか、あるいはまた被告鐘化において混入事故に対する救済申込に対する協力を拒んだとかの事実が現に存在しなければ予見できない事柄ではないというべきである。

そうとすれば、被告鐘化はPCBの毒性を十分に知らない食品製造販売業者である被告カネミに対し食品工業の熱媒体としてPCBを販売するに当り、細心厳重な取扱いを警告し、かつ食品に混入したカネクロールの発見、除去ないし廃棄の必要と方法を周知すべき注意義務違反をあえてした過失の責を免れることはできないといわなければならない。

2因果関係

ところで、被告鐘化がカネクロール混入の原因を工作ミスである旨強調する所以のものは、すなわち、仮に同被告になんらかの過失があるとしても、本件油症被害発生の間に被告カネミの工作ミス及びカネクロールの大量漏出を知りながら食用油を出荷した過失という独立人格者の固有のかつ重大な過失が介在することにより、被告鐘化の過失と損害発生の因果関係が遮断される旨主張することにあるところ、共同不法行為における複数加害者の加害行為と損害との因果関係については、各人の行為がそれだけでは損害を生ぜしめない場合においても、直接の加害行為と客観的に関連共同して損害を生ぜしめたと認められるときは各人の行為と損害発生の間に因果関係があると解すべきであり、本件の場合、被告カネミは操業上の工作ミスにより大量のカネクロールを食用油に混入させた後、安易に再脱臭してカネクロールを除去しようとし、再脱臭後残留カネクロールの点検等を試みることなく漫然出荷して本件油症事件を惹起したものであるが、被告カネミの右のような過失は、もともとPCBの毒性、安全性について十分調査、研究もせず、利潤追求のためにPCBを食品業界に熱媒体用として開発、提供し、これを販売するに当つても十分な警告を尽さなかつた被告鐘化の前示過失に大きく誘発されたものであつて、両者の過失行為は互いに社会的一体性を有し、客観的に関連共同して違法に本件油症被害を生ぜしめたとみるべきものである、のみならず、被告カネミの右過失は被告鐘化において予見しえないものでないことは前示のとおりであり、被告カネミの過失は誠に重大ではあるが、その介在の故をもつて、被告鐘化の過失と油症被害の間の因果関係が遮断されるいわれはなく、油症被害は被告鐘化の過失と相当因果関係にある損害といわなければならない。

カネクロールの混入原因が工作ミスである事実は、前示のとおり、被告鐘化にとつて、操業の過程で熱媒体であるカネクロールが食用油に混入すべき可能性の一つとして予見しうべきものである以上、因果関係中断の理由とすることはできないし、カネクロール混入後の被告カネミの過失の介在も、同過失と被告鐘化の右のような関わりに照らして因果関係中断の理由とすることはできない。

この点の被告鐘化の主張は失当であり採用できず、同被告は、原告らに対し、民法七〇九条により、被告カネミと連帯して被告鐘化の過失と相当因果関係にある後記損害の賠償義務を負うというべきである。

3分割責任

被告鐘化は、予備的主張として、仮に同被告の行為が油症事故の発生に寄与したと認められるとしても、その寄与度は極めて僅少であるから、その寄与の割合に応じた責任、すなわち、分割責任を負うべきであろうと主張するので考えるに、共同不法行為者である複数加害者の責任が競合する場合において、加害者間の負担の公平の観点を重視し、過失の大小、因果関係の遠近、関連共同の強弱等損害に対する寄与度に応じた分割責任を負担するにとどまるとする見解が有りうるが、当裁判所は、被害者救済の観点から、後記被告国におけるように、特定加害者がその行為をしなくても損害が発生し、しかも当該加害者のみによつては全損害が生じることがない等当該加害者に対し全損害の賠償責任を負担せしめることが著しく正義に反すると認められる特段の事由がある場合を除いて、右分割責任の見解には同調し難いのであつて、被告鐘化については本件全証拠によるも右特段の事由を見出し難いから、同被告はその過失と相当因果関係にある後記認定の全損害についての損害賠償義務を免れず、この点の同被告の主張は採用できない。

第七  被告国及び被告北九州市の責任

一請求原因1の(一)の事実のうち、原告らが油症患者あるいは死亡油症患者の相続人であること、同1の(二)、(五)の事実、同2の(一)の事実、同7の(一)の事実のうち被告国がPCBを原告ら主張のようにJIS規格に指定したこと、同7の(二)の事実のうち、原告ら主張の規定が食品衛生法に存在し、同法により厚生大臣等に各種の権限が付与されていること、食用油製造業が営業許可業種に指定されていなかつたこと、被告カネミが、かん詰、びん詰食品製造業者として営業許可業種に指定されていたこと、福岡県知事ないし北九州市長が原告ら主張の営業許可ないし更新をなしたこと、かん詰びん詰食品製造業の食品衛生監視員による監視回数が年一二回となつていること、実際の監視回数はそれを満たすものではなかつたこと、同7の(三)の事実のうち、ダーク油事件が原告ら主張のような事件で、福岡肥飼検の係官がその主張のころ鶏のへい死に関する報告を受け配合飼料メーカーから事実を聴取したこと、その結果被告カネミのダーク油を配合した飼料によつて事故が発生したことが判明したこと、福岡肥飼検が配給飼料メーカーに顛末書の提出を求めたこと、その主張のころ係官が被告カネミの立入調査を行なつたこと、福岡肥飼検から家畜衛試に病性鑑定を依頼したこと、右病性鑑定の回答がなされ、その回答中に原告ら主張のような記載がなされていること、及び同8の事実のうち、(一)の(5)の相続関係の事実は、いずれも原告らと被告国、同北九州市との間において争いがない。

二1  原告らは、PCBは危険な物質であり、その危険性が予見されていたから、本件油症発生前に被告国は関係法令を駆使してPCBの大量生産、大量使用を規制すべき義務があるのに、これを怠り、かえつてPCBをJIS規格に設定することによつてその用途を拡大したもので、その懈怠は国家賠償法上違法であると主張する。

ところで、行政庁の権限不行使と国家賠償法一条一項の関係については、食品衛生法上の規制権限を含めて、原則的には、行政庁の権限不行使は、行使同様、その自由裁量に属し、当、不当の問題にとどまり、違法の問題を生じない。しかしながら、(一)国民の権利に対する差し迫つた危険のあること、(二)行政庁において右危険の切迫を知り又は容易に知りうべき状況にあること、(三)行政庁がたやすく危険回避に有効適切な権限行使をすることができる状況にあることの要件を満たす場合においては、行政庁にもはや自由裁量の余地はなく、権限を予防的に行使する法律上の義務を負うものであつて、その権限不行使は国家賠償法上の違法性を帯びるに至るが、特に権限不行使の被害法益が国民の生命、身体、健康に係るときは、(一)国民の生命、身体、健康に対する被害発生の危険があること、(二)行政庁において右被害発生の危険を知り又は具体的に知りうべき状況にあること、(三)行政庁が危険回避に有効適切な権限行使をすることができる状況にあることの要件を満たすをもつて足りると解すべきである。けだし、現在の社会においては、食品が利潤追求という企業論理のもとに、その工場における製造工程において、多くの化学合成物質を添加剤あるいは副資材として使用して大量に生産され、複雑な流通経路を経て広範囲に販売される一方、消費者においてはその安全性を確かめる術を持たないのであるから、その安全性確保につき、食品製造業者に高度な注意義務を負わせるべき法規制が存するとはいえ、これを企業の自主規制に委ねていては、安全性の確保になお欠けるところがあることは明らかであつて、行政庁は、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止するについて積極的な行政責任を負うものというべきである。のみならず、食品製造には絶対的安全性が要求され、一旦事故が発生すれば大量発生の可能性が存するのであるから、国民の生命、健康に関する行政庁の権限を違法とする要件を、他の被害法益に関すると同様に、あまりに厳格に制限することは、食品工業の利潤を追求する権利以上に尊重されるべき国民の基本的権利たる生命、身体、健康の安全が保障される権利を容易に危殆に瀕せしめるおそれなしとしないからである。

2  これを本件についてみると、前記認定のとおり、PCBの毒性について外国の先駆的文献は既に環境汚染を通じて人体に影響を及ぼすことを指摘していたが、その認識は未だ一般のものとはならず、通常PCBは労働衛生上その取扱いに注意を要する物質と認識されていた程度であつて、この段階において、被告国がPCBの持つ人の健康に対する被害発生の危険を具体的に知りうべき状況にあつたとすることはできないし、また、被告国が原告ら主張のようにPCBをJIS規格に指定したこと(このことは争いがない。)をもつて直ちに国が用途拡大を促進し本件油症の先行行為をなしたものと認めることもできないから、この点の原告らの主張は失当であり、採用できない。

三食用油製造業が営業許可業種に指定されていなかつたことは争いがなく、〈証拠〉を総合すれば、油症発生後の昭和四四年七月一五日に営業許可業種に追加指定となつたが、食用油製造業は、化学工業、食品製造工業技術の発展に伴い、同二九年ころから食用油製造工程中にPCBを始めとする有機化学薬品を熱媒体として使用するようになり、効率が高かつたので急速に業界に普及し始めたが、本件油症事件発生に至るまで食用油脂製造業界において食品事故が発生した例に乏しく、まして熱媒体の食品への混入といつた事故は予想外の事柄であつて熱媒体の使用により食用油脂による被害発生の危険を被告国が具体的に知りうべき状況になかつたことが認められる。

したがつて、右被害発生の危険を被告国が具体的に知りうべき状況にあることを前提とする原告らの第二の一の7の(二)の(2)及び同(3)の主張はいずれも採用することができない。

四1また、原告らは、福岡県知事や北九州市長が被告カネミの営業許可ないし更新許可を行う際に、PCBを熱媒体として使用していた脱臭工程について、なんら安全を確認せず、またなんの条件も付さなかつたことが違法である旨主張する。

食品衛生法は二〇条で、都道府県知事は法令で定める施設につき、業種別に公衆衛生の見地から必要な基準を定めなければならない旨規定し、また二一条二項で許可申請をした食品業者の施設が右基準に合うと認めるときにのみ、都道府県知事(政令指定都市では市長)は営業許可をしなければならない旨規定している。そして同法二〇条による基準について、丁第七号証によれば、福岡県では食品衛生法施行細則が定められており、当時の九条及び別表には、営業施設の基準として、食品製造業全般に関する「共通基準」と、各種営業に個別な「特定基準」とが設けられていたこと、右共通基準中には、二項に「食品取扱設備」についての基準が定められていること、またかん詰びん詰食品製造業の特定基準中には「異物の混入を防除できる設備が設けてあること」という規定があることがそれぞれ認められる。

右「食品取扱設備」とは具体的にいかなるものを指すかは必ずしも明らかではないが、食品に直接接触するか否かを問わず、食品の製造、保管、運搬等に使用する一切の器具、機械等を指すものと解するのが妥当であり、被告カネミの脱臭装置もこれに当るものということができる。したがつて、添付図面に脱臭装置の構造を記載する必要がないとはいえず、また食品衛生監視員としては一般的には右脱臭装置について関心を向ける必要がなかつたとはいえない。しかしながら、弁論の全趣旨からうかがえるとおり、当時脱臭工程よりの熱媒体の漏出による食品への混入事故の経験などなく食用油製造業は一般に安全な業種と考えられていたこと、被告カネミはかん詰びん詰食品製造業として営業許可を受けたものであり、かん詰びん詰をしていなければ食用油脂製造業は営業許可の対象とはされていなかつたこと、脱臭工程においては油が直接に熱媒体と接触するような構造ではなかつたことなどの諸事情を考慮すれば、当時食品衛生監視員が現地調査の際、専らびん詰工程について関心が向き、脱臭工程に関心がいかなかつたとしてもやむを得なかつたと考えられ、したがつて前記のような図面が添付されているにすぎない申請書に基づき、右食品衛生監視員の副申を受けて、営業許可ないし営業更新許可をなした福岡県知事や北九州市長の行為は、国民の生命、健康に対する被害発生の危険を具体的に知りうべき状況においてなされた違法なものとは言いえず、結局原告らの右主張は理由のないところである。

2原告らは更に、食品衛生監視員が被告カネミについて、施設の監視及び製品検査をそれぞれ適正に行わなかつた違法性がある旨主張する。

食品衛生監視員とは食品衛生法の目的を達成するために不可欠な食品衛生監視及び指導、営業の許可等の事務並びに同法一七条一項に規定する営業場所等の臨検、食品等の検査、試験用のための収去などの事務を行うために国や都道府県及び保健所を設置する市に置かれた公務員である(同法一九条一項)が、その食品衛生監視は、性質上二次的、後見的にならざるをえないところ、施設の監視について、丁第三号証の一、二、第一五、第三三、三四号証によれば、昭和四三年一二月末当時被告北九州市の食品衛生監視員の人数は二九名であるのに対し、許可を要する施設数だけでも一万三、三九五であって、監視員一人あたりの施設数は四六二であつたこと、被告カネミを当時担当していた食品衛生監視員である別府三郎は、年二、三回の監視しかなさなかつたこと、被告カネミの場合の具体的監視、指導の際の重点項目から脱臭工程は外れていたことが認められるが、前記のとおり、当時熱媒体の漏出による食品への混入事故の経験がなかつたことやPCBがさほど危険な物質とは認識されていなかつたことなどからすれば、右食品衛生監視員の監視の回数、対象について違法な点はなかつたというべきであり、監視の方法についても、前記のとおり、食品衛生監視員が熱媒体を使用する脱臭装置を監視の対象としなかつたことはやむを得なかつたものである以上、右監視に際して脱臭装置等の保守点検の事跡などの監視に思い至らなかつたとしても、任務懈怠はなかつたものというべきである。

また製品検査の点についても、食品衛生法一七条の試験用の収去は「必要があると認めるとき」、すなわち当該営業により被害の生じる具体的危険性の存するときに行われるものであつて、右危険性がないにもかかわらず、右権限を行使することはできないと解せられるところ、前記のとおり、食用油脂製造業は従前さほど危険な業種とみられておらず、また食用品衛生監視員にはPCBが熱媒体として使用されていることの認識がなく、それまでに熱媒体が食品中に混入するという事故もなかつたのであるから、結局試験用の収去をなさなかつた食品衛生監視員の不作為はこれまた違法とは言いえないものである。

この点の原告らの主張はいずれも採用に価しないものである。

五ダーク油事件について

原告らは、被告国がダーク油事件の発生した際、食用油に関してなんら適切な対応をとらなかつたことについて、右被告に責任がある旨主張する。

1ダーク油事件とは、前記のとおり昭和四三年二月上旬ころから三月中旬までの間、西日本各地で約二〇〇万羽に及び鶏(ブロイラー)が中毒症状に罹患し、約四〇万羽の鶏がへい死した事件であるが、その後の調査の結果、右事件は、油症事件と同様、ダーク油にカネクロール四〇〇が混入したことによつて生じたことが明らかとなつたものである。

そして右事故ダーク油はライスオイル製造工程のうち、脱酸工程で分離されたフーツが中和されてできるものであるが、右ダーク油中にカネクロール四〇〇が混入した経路については、脱臭工程で生ずる飛沫油、あわ油の投入のほか、一号脱臭缶内カネクロール蛇管の工作ミスによつてカネクロールが混入した汚染油の一部がそのままダーク油に投入された可能性があることは既にみたとおりである。

2前記当事者間に争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、ダーク油事件についての行政の対応などに関して次の(一)ないし(一四)の事実を認めることができる。

(一) 福岡肥飼検は、昭和四三年三月一四日鹿児島県畜産課から、同県下のブロイラー団地で鶏のへい死事故が多発し、原因は不明ではあるが、おおよその原因は給餌している鶏の配合飼料にあるらしいとの電話連絡を受け、翌一五日右配合飼料を製造していた東急エビス産業九州工場の製造課長から、同社製造の配合飼料Sブロイラー、Sチックの二銘柄が右事故の原因と推定されるところ、右二銘柄が使用している他の銘柄と異なる原料は被告カネミのダーク油であることが判明したので、東急エビス産業としては同月九日から自発的に右二銘柄の生産と出荷を停止していること等について事情聴取を行なつたうえ、改めて同社に対し当該飼料の生産と出荷の停止を指示すると共に顛末書の提出を求め、農林省畜産局流通飼料課にその旨報告した。そして、同月一九日には問題になつた配合飼料の他の製造業者である林兼産業にも右同様事故の顛末書の提出を求めた。

(二) 福岡肥飼検は、農林省流通飼料課の指示を受け、同月一八日、九州及び山口の各県に対し、被告カネミのダーク油を使用した前記配合飼料の使用停止並びに回収を指示すると共に同一飼料による再現試験の実施を依頼し、同月一九日には飼料課長矢幅雄二を鹿児島県に派遣して実情調査を行い、また同日東急エビス産業九州工場に係管を派遣して立入調査を行なつた。

(三) ところで、福岡肥飼検は、肥料取締法と飼料の品質改善に関する法律に基づいて、流通している肥料及び飼料の検査を所轄しているものであつて、本来の職務権限としては農林大臣の指定している飼料生産工場に対して立入検査権が認められるにとどまり、被告カネミに対しては、その業務が指定飼料の生産工場ではないため立入調査の権限がなかつたものであるが、同被告に対する調査を実施しなければダーク油製造工程を含むダーク油の実態が全く不明であつたので、同被告の事前の了解を得て現地実態調査の実施に踏み切り、同月二二日飼料課長矢幅雄二、同課係員水崎好成が同被告本社工場で右実態調査を行なつた。

これに先立ち、同肥飼検所長福島和は、矢幅課長に対し、ダーク油がどういうふうに生産され出荷されるか、またそれが実際に使用されるようになつた開発の状況についても十分調査して来るように指示した。

(四) 矢幅課長は右本社工場においてダーク油の原料、製造工程、保管等について説明を求めたところ、説明の衝に当つた森本工場長は、工場を一応全部見せたうえで説明しないとダーク油関係の部分だけを説明しても理解が困難であるということで簡単に全工程を説明し、次いでダーク油の占める位置、製造工程を説明したが、その際簡単なライスオイル(食用油)の製造工程図を矢幅課長に渡した。

そして、矢幅課長は森本工場長に対してダーク油を製造するまでにどういう薬品を使用しているかについて詳細に質問し、更にダーク油以降の製造工程についても若干の質問をなした。矢幅課長はダーク油の製造工程を見て回るうち食用油も同一原料により同一工程で製造されていることが分かつたが、被告カネミの方から食用油の方はダーク油とは全く関係がないという説明がなされたうえそれ以上触れたくない口振りであつたし、余り深く追求すると今回の調査の目的であるダーク油の調査に影響すると考え、また、矢幅自身の職務も餌の検査、飼料の調査を所管するものであつて食用油を所轄するものではないから、被告カネミの方で関係ないという以上ことさらに関心を持つまでもないと思つて、結局あえて食用油の方には触れず、ダーク油の調査一本にしぼつた。

右調査途中に、被告カネミの代表取締役である被告加藤から食用油は生でそのまま飲むことができ安全であるという趣旨の発言がなされたことがあるが、右発言がどういう時にどういう状況でなされたのかは明確でない。

(五) 被告カネミでは、矢幅課長の右調査に対して、ダーク油はいつもと同じ製造工程で同じ原料を使用しているのでなんら異常はなく問題がないはずであると反発し、それに対し矢幅課長は、同被告が製造したダーク油を混入した配合飼料によつて現実に事故が発生していると反論したが、被告加藤らは極力これを否定し、結局その原因についてはなんの手懸りもつかめないまま右調査は終つた。

なお、被告カネミは、ダーク油事件の原因が同被告製造のダーク油に起因することが確定した同年七月一五日の時点においても、日本米油工業会の緊急中央技術委員会の席上で「事故原因は権威ある国家試験機関において化学的にダーク油によるものであることが判明したのであえて反論するものではないが、数年来この種の事故は皆無であり、当該ダーク油も正常な製造工程により生産されていることからしてダーク油のみの毒性が原因であるとは今もって考えられない。」として抵抗の姿勢を示していた。

(六) 矢幅課長は福島所長に対し、右実態調査の結果についてダーク油の大まかな工程を把握したがその製造工程中にはなんら心配がないと報告し、その旨は福島所長から直ちに農林省流通飼料課に連絡された。

右調査の内容、結果については、福岡肥飼検から福岡県に正式には通知されなかつたが、その後矢幅課長から福岡県農政部の係官に対し非公式に実態調査の結果では食用油には危険を生じないであろうという情報が伝えられ、これが後日福岡県農政部が同県衛生部にダーク油事件の経緯を連絡しなかつた理由の一つに挙げられた。

(七) 福岡肥飼検は、農林省流通飼料課から原因毒物についての究明を命ぜられたが、同肥飼検は、分析業務としては飼料中の栄養成分についての分析、鑑定を主とするものであり、設備も乏しいので権威ある公的機関によつて判定して欲しいと流通飼料課に連絡したところ、同課から、畜産局衛生課と協議(その内容は協議という名に価しない、ダーク油事件の単なる連絡程度のもの)した結果ダーク油の毒物、原因物質の究明は家畜衛試に依頼することに決まつたので福岡肥飼検から正式に家畜衛試に病性鑑定を依頼するように、との指示を受け、同年三月二五日、家畜衛試に対し関係配合飼料及び原料(ダーク油)を添えて原因物質の究明を目的とした病性鑑定を依頼し、地方飼料製造業者二社に対しては、ダーク油を使用しないことを条件に、前記飼料の生産出荷停止を解除した。

(八) 流通飼料課は、福岡肥飼検から家畜衛試に対する鑑定依頼前、家畜衛試担当官と下打合せを行なつたが、その際、鑑定の趣旨は原因物質の究明が第一であるとの説明不十分であつたため、後記のとおり研究員小華和忠をして鑑定の趣旨を再現試験が主目的である旨誤解させたばかりか、その後においても、既に又は右鑑定と平行してなされた東急エビス産業、各県農政部における給飼試験結果等を鑑定資料として利用させる等鑑定作業促進のため積極的に指示、指導をした形跡はなく、また、右の生産出荷停止の解除を許可ないし了承するに当つては、少なくとも、本件ダーク油事件の原因毒物がダーク油そのもの又はその含有物であること及びダーク油と食用油の製造工場、原料、製造工程は同一であることを知悉していた。

(九) 右病性鑑定の依頼を受けた家畜衛試では、アイソトープ室長小華和忠が中心となり、その下に病理学研究室の堀内貞治、次いで勝屋茂實が鶏の病理解剖及び解剖後の病理組織学的検査を、生物物理研究室の小倉幸子が発光分析による有毒無機物質の検索を担当し、同年四月一七日から四週間にわたつて中雛を使用し、また製造月日が二月一五日に近接した鑑定材料を使用して中毒の再現試験を行なつた結果、当該飼料及び配合飼料に使用されたダーク油の毒性が再現され、その臨床症状は九州地方において発生した中毒症状に極めてよく類似し、食欲減退、活力低下、翼の下垂、次いで腹水、食欲廃絶、嗜眠などが認められ、剖検所見も事故中毒鶏の症状に類似し心嚢水及び腹水の著増、胸腹部皮下の膠様化、出血、上頸部皮下の出血などが認められ、更に発光分析による有毒性無機物質の検出については陰性で鉛、砒素、マンガン、カドミウム、銀、スズ、銅等は検出されなかつた。

そこで、小華和忠は、同年六月一四日、福岡肥飼検に対し右検査の結果に基づき病性鑑定回答書を提出したが、右回答書には右の検査の結果のほか、考察として、「シュミットルらの報告によると、本中毒と極めてよく類似した鶏の中毒がアメリカのジョージア、アラバマ、ノースカロライナ及びミシシッピーの各州に一九五七年に発生している。その際この毒成分の本態がほぼ明らかにされているが、非水溶性、耐熱性の成分である本病鑑例の毒成分と、アメリカで発生した中毒の毒成分とが全く同一であるかどうかは不明であるが、油脂製造工程中の無機性化合物の混入は一応否定されるので、油脂そのものの変質による中毒と考察される」と記載されていた。

ところで、小華和忠は当時農薬殊に有機塩素系のBHC、DDTの研究に従事していたものであり、そのころ有機塩素系化合物の検出にガスクロマトグラフィーを使用することは専門家の間では一般的知見であつた。

(一〇) そして、右考察にいう油脂の変質がなされたかどうかを調べるについては、簡単な手続で一応の検査をすることもでき、更に酸価、過酸化物の数値、カルボニール価、不けん化物の含有量の性状分析等検査すべき全項目にわたつて分析調査をしても、一週間か若干それを上回る時間があれば容易に検査しうるのにもかかわらず、家畜衛試では油脂の変質の存否についてなんらの化学分析、検査等は行なつていなかつた。

このような杜撰な考察を導き出した理由として、小華和忠は、本鑑定を引受けた主な目的が再現試験にあつて、原因究明は副次的なものにすぎず、この鑑定書を作成した段階では既に東急エビス産業を始めとする飼料会社と養鶏業者との間の補償問題は一応解決しており、後日に残されている問題は各飼料会社から被告カネミに対する損害賠償の問題だけであると聞いていたので、小華和忠個人としては事故の原因は同被告製のダーク油であるという鑑定をしてやればそれで十分というつもりで取り組んだのであつて、当初からチック・エディマの原因物質についてそこまで究明しようとする意思もなかつたので別段の検討もしていない、またダーク油の製造工程に問題はなかつたと聞いていたし、発光分析によつて無機性有毒化合物の混入が否定されたので、油脂の変成による症状とはそれまでの経験からして必ずしも結びつかなかつたけれども、酸化によつて油脂が変成して中毒するという例が外国の文献にも挙がつていたことから一応脂肪酸そのものが中毒物質に変成したものと推定したもので、結局変質の原因についてまでは考えなかつた、この鑑定書に記載されている「変質」というのは厳密に解釈すべきではなく、ごく軽い意味に用いているものであつて、例えば医者でもかつて原因不明の病例について特異体質ということで逃げていた例があるが、本件の場合もそれに近い意味を持つているにすぎないと考えて欲しい、と述べている。

(一一) 以上(一)ないし(一〇)の福岡肥飼検及び家畜衛試の行為と知見は、すべて、その事前又は事後において本省である農林省畜産局流通肥料課に逐一報告されており、同本省係官は、ほかに同局衛生課との協議連絡、家畜衛試との鑑定前打合せ、食用油脂工場の見学、食糧庁油脂課に対する照会、後記油脂研究会の開催討議等の機会、方法を通じて、本件ダーク油事件の概要については、少なくとも出先機関である福岡肥飼検等以上の知見を有すべき立場にあつたが、畜産局流通飼料課、衛生課、食肉鶏卵課はもとより、担当参事官、局長及び農林大臣まで、福岡肥飼検からの報告を鵜呑みにしただけで、食用油の危険性等に全く思い至らず、したがつて厚生省等食品衛生行政庁当局になんらの通報をした事実はないが、農林省畜産局では、家畜衛試の右鑑定結果によつて配合飼料に使用されていたダーク油が事故原因であることが明確になつたので、これでダーク油事件に対応する行政的処置をとることが可能になつたとして、昭和四三年六月一九日付で同局長名による「配合飼料の品質管理について」という通達を各都道府県知事に発し、今回の鶏の大量事故の原因がダーク油にあることが判明したが(当該ダーク油中に含まれている毒物についてはなお調査中である。)、我が国の飼料事情が年年配合飼料に対する依存度を強めていることから、飼料製造工場における原料及び製品の品質管理は極めて重要であり、今後このような事故の再発を防止するため右品質管理の徹底を期するよう指導されたい、と指示したが、他方東急エビス産業及び林兼産業に対しては、文書をもつて製造管理、品質管理に一層配慮するよう注意を促した。

そして、流通飼料課係官福原進は、財団法人農林弘済会が発行し実際上同課において関連記事のとりまとめに当つている月刊誌「飼料検査」七月号(一九六八年第六二号)の「時の動き」欄で右通達の解説を行い、通達における品質管理の趣旨を各飼料会社や検査機関等に周知させるようにした。

(一二) 流通飼料課の鈴木惣八技官は、家畜衛試の鑑定書が出されてから間もなく、農林省畜産試験場栄養部長の森本宏にそれとなしにこれからどうしたらよいのかと相談を持ちかけ、同人から油脂の専門家を集めて研究会でも作つてみたらどうかとの示唆を受け、ダーク油事件の毒物の原因追求と、これまで規格の定めがなかつた飼料用油脂の品質規格の制定を目的として油脂研究会を開催することにした。同年八月七日に農林省関係の食糧研究所、東海区水産研究所、畜産試験場、家畜衛生試験場、東京肥飼料検査所等から係官が集まり、右研究会の準備会を持つたが、この段階で既に家畜衛試の米村壽男からダーク油の事故原因は油脂の変敗ではないらしいとの発言がなされ、取りあえず食糧研究所の方で化学分析検査をしたところ油脂の変敗は否定されたので、前示シュミットルらの報告にあるアメリカで発生した鶏の浮腫中毒症(チック・エディマ)と本件鶏の症状とが類似するため、更に家畜衛試でリーベルマン・ブルヒアルト法を利用して右チック・エディマの検出、毒物の検討に当ることとなつた。

そして、同年九月三日に第一回の研究会が開かれ、来日中のワイルダー博士を招いてアメリカのチック・エディマに関する講演を聴き、次いで第二回目を同年一〇月四日に開催したが、その際家畜衛試が実施したリーベルマン・ブルヒアルト反応の成績が報告され、結局チック・エディマに関する毒性物質の検出にはこの方法では不適当であるから他の方法によるべきであるという結論が出された。

その後、油脂研究会は本件油症の発生もあつてこれといつた活動はしていない。

(一三) ところで、東急エビス産業では、同社中央研究所の甲賀清美が、同年三月一一日鶏の大量へい死の報告を受けて直ちに調査に着手し、日を経ずしてダーク油事件の事故原因が配合飼料設定のミスに係るものではなく被告カネミのダーク油に起因するものと推定し、同月中旬以降ダーク油の毒成分について実験研究を開始した。

甲賀はまず事故配合飼料による鶏、雛の再現試験を実施すると共に事故に関連する文献を調査し、同年四、五月ころには、本件鶏の症状が一九五七年にアメリカで発生したチック・エディマ・ディジーズ(鶏、雛の心嚢水腫症)と呼ばれるブロイラー事故の症状と類似しており、それを惹起する原因物質の本体は不明でチック・エディマ・ファクターという名で呼ばれているにすぎないが、おおよそのところ有機塩素系化合物によるものであると考えられていることを知り、次いで前記再現試験の経過及び雛の剖検症例によつて、その症状が前記チック・エディマ・ディジーズに酷似していることが判明したので、ダーク油の毒成物質がいわゆるチック・エディマ・ファクターでないかと疑い、アメリカ分析化学会の公定分析法であるAOAC法のうち比較的やりやすい生物試験法による実験を試みるとともに、他方昭和四三年六月初旬には、アメリカの大手の油脂メーカーであるプロクター・ギャンブル社に対し、チック・エディマ・ディジーズ事故の内容及び事故に対してどういう対応ないし品質管理をなしたかについて問い合わせていたところ、右実験の結果同年六月二〇日ころにはチック・エディマ・ファクターの存在を検索しえたが、このチック・エディマ・ファクターがアメリカで発生した事故の標的物質と同一であるかどうかは未だに不明であつた。そして、甲賀は同年七月一七日ころプロクター・ギャンブル社から前記問い合せに対する回答を入手し、AOAC法のうちガスクロマトグラフィーを使用する化学分析法によつて標的物質を追求しようとしたが、当時東急エビス産業にはガスクロマトグラフがなかつたので、新たに機械を発注しその到着を待つうち本件油症事件が発生した。

(一四) 厚生省国立予防衛生研究所で食品衛生部の主任研究官をしていた俣野景典は、業務のかたわらスパゲッティの油の研究をしていたものであるが、同年八月一六日友人から参考のため借り受けた家畜衛試の病性鑑定書を一読した後、鶏がこれだけ死ねば常識的にみても精製食用油の方でも人体に害を及ぼすのではないかと思い、同月一九日流通飼料課の鈴木技官に電話して、農林省の方でよく検査していないようだから厚生省の方で検査してみたいのでダーク油を分けて欲しいと頼んだが、同技官からダーク油事件は既に解決済みであるし、ダーク油そのものも廃棄処分にしたということで拒否された。

それで、俣野は同日厚生省に赴き、同省食品衛生課の杉山課長補佐に対し、ダーク油事件では精製油にも危険があるのではないかと注意を促した。

3以上2の(一)ないし(一四)認定の事実に照らし、ダーク油事件に対応した公務員がその処理を通じて食用油による被害発生の危険を予測しえたかどうか、結果回避の可能性があつたかどうかについて判断するが、その前に行政機関相互間における連絡調整の問題を一考する。

(一)(1) 国の行政事務は、他方自治体のそれと異なり、各省大臣においてこれを分担管理し(内閣法三条、国家行政組織法五条)、各行政機関の所掌事務の範囲及び権限は明確に法律で定められる(国家行政組織法四条)が、同時に、国家主体単一性の原則から、各行政機関は内閣の統轄のもとに行政機関相互の連絡を図り、すべて一体として行政機能を発揮するようにしなければならない(国家行政組織法二条)のであつて、この連絡調整義務は、行政事務の共管、競合の場合に限らず、あるいは個個の法令で具体的に規定されている場合に限らず、各行政機関の所掌事務が共通の行政目的のため密接に関連し、連絡調整が他の関係行政機関の所掌事務の円滑、適切な処理のため必要不可欠であると認められる場合においては、国家行政組織法上その履行が当然に要請される、換言すれば、各行政機関所属の公務員は自己本来の職務を独自に執行中であつても、その過程において自己の職務と密接に関連する他の行政機関の所掌事務の円滑、適切な処理のため必要不可欠であると認められる事実を了知したとき、又は了知しうべかりしときは、他の行政機関に対し、当該事実の通報連絡、意見聴取、事前協議、覚書交換等適宜具体的場合に即応した連絡調整を図るべき義務を自己本来の職務ないしこれに準ずるものとして当然負担し、その限りにおいて、各行政機関所属の公務員は有機的に一体として連携すべきことが予定されているというべきである。したがつて、国家賠償法一条一項の「公務員が、その職務を行うについて」の「職務」中には自己本来の職務行為はもとより、適宜具体的場合に応じて必要とされる連絡調整義務もこれに含まれるものであり、連絡調整が必要とされる状況下において、公務員が故意又は過失によつて違法に連絡調整を怠り、その結果、他人に損害を加えたときは、国は国家賠償法上の損害賠償責任を免れないが、特定所掌事務についての規制権限不行使が国家賠償法上の不法行為とし問題になる場合におして、規制権限を所掌する行政機関が被害発生の危険を具体的に知りうべき状況になくても、同行政機関に連絡調整をなすべき行政機関において被害発生の危険を具体的に知りうべき状況があるとすれば違法性の存在に欠けるところはないし、公務員の過失についても連絡調整をなすべき行政機関について存在すれば足りると解すべきである。

(2) しかして、各行政機関の所掌事務が共通の行政目的のため密接に関連し、連絡調整が他の関係行政機関の所掌事務の円滑、適切な処理のため必要不可欠であると認められる場合を農林省と厚生省の関係についていえば、例えば、生きた家畜、鶏、その肥飼料は農林省の所管、殺して食用肉、かしわになると厚生省の所管、食品、の生産流通は農林省の所管、食品の衛生は厚生省の所管、農薬は農林省の所管、店頭野菜の残留農薬の監視は厚生省の所管というように、原料、飼料、家畜、農薬等多くの事項と食品の関係について、安全な食品の供給という共通の行政目的のため、両省の各所掌事務は元来密接に関連しているのであるから、農林省係官がその職務を執行中に、食品の安全について少しでも疑いを差し挟む余地があれば、食品衛生所管庁がその疑いを関知しない以上、少なくとも、直ちに厚生省等食品衛生所管庁にこれを通報連絡し、権限行使の端緒を提供する等場合に応じた連絡調整の措置を講ずべき当然の義務があるといわなければならない。

(3) また、国の行政機関相互間の連絡調整の方法は、憲法七三条一号による閣議を頂点とする事務次官会議等の実際上の制度に委ねられているところ、その内容と必要性に応じてさまざまで有りうるが、一般的には付属機関、地方支分部局及び外局が直接又は独自に行うことはなく、いわゆる本省から本省を経由する方法によるのが原則であり、国の行政機関相互間の連絡調整に対する地方支分部局等所属公務員の関与の態様は、国家公務員法上は職務に専念する義務(九六条、一〇一条)、国家行政組織法上は監督権を有する上級官庁たる本省への報告義務の履行という形態をとるのが相当であるということができる。

このような観点から以下検討を加える。

(二) 福岡肥飼検の公務員

(1) 福岡肥飼検は鶏のへい死事故の原因が被告カネミのダーク油にあるということを突きとめ、ダーク油についての知識、経験がなくその実態が全く不明であつたので被告カネミの承諾のもとに現地実態調査を行なつたものであるが、右調査に当つた同肥飼検の矢幅課長は、同被告本社工場で製造工程の説明を受けて工場を見回るうち、ダーク油と食用油とは米ぬかという同一原料を使用して途中まで同一工場の同一工程で製造されていくことを理解したのであるから、このような場合通常人であれば、ダーク油に現実に危険が発生している以上食用油にもなんらかの危険が発生しているのではないかとの危惧感を抱くのがむしろ常識的である(ここでいう常識とは健全な一般社会人が通常有すべき認識としての常識を意味し、正確な科学的認識としての常識を意味しない。ダーク油生成工程がカネクロール使用の脱臭工程前であり正常な操業下ではダーク油中にカネクロールが入り得ない事実は、異常な結果発生に基づく原因がカネクロール混入にあるか否か不明の段階の調査において、ダーク油と食用油の製造工程がカネクロール使用前において同一であることから食用油の危険発生につき危惧感を抱くことの常識性を否定する理由とならない。)。しかるに、矢幅課長は、右ダーク油の調査中に被告カネミ側からの反発が強く、いつもの工程と同じであるからダーク油には異常がないはずだと主張されたうえ、食用油は安全である趣旨の発言があつて、これには触れてもらいたくない意向が歴然としていたので、結局自己の職務権限が餌の品質改善、検査に関する事項に限られており、それ以上に食用油の安全についてまで殊更関心を持つまでもないと思いあえてその解明に立ち入らなかつたというのである。

しかしながら、本件鶏のへい死事故が、工場で大量に生産されるダーク油、それもある特定の時期に出荷された分に起因することが確実視され、事故病鶏の症状からも事故ダーク油に毒性のある異物の混入がまず想定さるべき事案であるのに、被告カネミの説明としては、通常の工程どおり製造しているので問題はないはずだというのみであつて、事故原因の究明にはなんらの手懸りも得られていなかつたのであるから、このような状況のもとで、本件鶏のへい死事故の規模、態様(当時事故は終熄していたものの、それは事故ダーク油混入餌の給餌を止めたことによる。)を併せ考えると、少しの関心でも示せば、ダーク油のみならず食用油についてもその安全性に一応の危惧感ないし疑念を抱くべきは理の当然であり、なんら納得のいく事情の説明もない被告カネミの「食用油は大丈夫だ。」との発言で払拭又は左右されるべき性質の事柄ではない。それなのに、同課長は食用油の安全性は自己の職務権限の範囲外のこととしてあえて関心を向けず、その結果当然承知すべき疑念に立至らなかつたのであるから、違法に、鶏へい死の事故原因について誠実に実態調査を尽すべき職務上の義務を怠り、同時に後記から明らかなとおり、食用油の安全性に疑いがある旨実態調査の結果を報告すべき職務上の義務を怠り、ひいては食品衛生行政庁への通報連絡義務を怠つた過失があるといわなければならない。

(2) そして、右実態調査の結果を報告するには、事故ダーク油についてはその事故原因解明の手懸りすら得られなかつたことと、食用油についてもその安全性について疑いが存する旨を骨子とすべきなのに、矢幅課長は、ダーク油の大まかな製造工程を把握したが、その工程にはなんら心配はない旨福島所長に事実と異なる報告をし、その報告を受けた同所長もこれを鵜呑みにして直ちにその旨農林省流通飼料課に報告しているけれども、もともと矢幅課長にはダーク油についての知識はほとんどなかつたのであり、福島所長もこのことを知悉していたものであるから、福岡肥飼検においても、右報告の内容を少し意を用いて検討し、同課長に事情をただせば、その調査の結果は、油脂について専門的知識を持ち合わせない同課長らに多くを期待することは無理であつて、同課長らによつては何一つ事故原因の究明ができていないことが容易に判明しえたはずである。そうすると、事故ダーク油の原因究明についての対応も自ずと異なり、これを究明するとすれば、食糧庁油脂課等の油脂の専門家による実地調査も当然考慮されたであろうし、それがきつかけで食用油にも危険が及んでいるのではないかということが浮かび上がる機会がなかつたとはいえず、この意味において事実と異なる報告をした矢幅課長の注意義務違反はもとより重大明白であるが、福島所長も、訳の分からぬ実態調査の結果報告に接し、所長として当然抱くべき疑問も提起せず、当然なすべき究明への努力を怠つた結果、違法に、食品衛生行政庁への通報連絡義務の懈怠に加担した過失があるといわなければならない。

(3) 加うるに、矢幅課長は、その知識経験もなく、確認する術も知らないのに、軽率にもダーク油の製造工程にはなんら問題はなく、食用油にも危険がない旨福岡県農政部の係官に非公式とはいえ誤つた情報を提供し、いよいよもつて、早期の段階での食用油の安全性について調査、検討すべき機会を失わせた。

(4) 仮に、昭和四三年三月下旬に食用油の安全性に疑問がある旨農林省から食品衛生行政の担当機関に通報がなされていたとすれば、同機関もダーク油事故の類が食用油にも及んでいるのではないかという不安を抱くのは必定で、そうすれば食品衛生担当機関において、食品衛生法一七条に基づき被告カネミに必要な報告を求め、同被告の任意の協力が得られなくとも、同被告に臨んでダーク油と食用油の関連、帳簿書類を検査し、事故ダーク油出荷の時期とほぼ同時期に出荷された食用油の行先を追跡し、これを回収することはさして困難ではなかつた。(このことは弁論の全趣旨によつて認められる。)から、これを動物に与えて試してみれば、食用油中にも事故ダーク油と同じ様な有害物質が存在することが、適切な措置をとれば食用油回収期間を二週間、動物による毒性試験期間を三、四週間(家畜衛試の中雛による再現試験が着手後四週間を要しているが、右期間は再現試験の内容からみて長期にすぎると思われる。)とみて遅くとも同年五月上、中旬には判明しえたはずであつて、(その有害物質がなんであるのか、どうして混入したのか等の究明は後日長い困難な探索が続くとしても)、食用油中に有害物質の存在が判明した以上、食品衛生行政において、この有害な食用油の回収、販売停止等の措置を直ちに講じると共に、既にこれを購入使用している一般市民に対して警告を発すれば、今日の情報社会に鑑みるとき、遅くとも同年六月以降はその摂取を防止でき、本件油症被害の拡大を阻止することができたものと認めることができる。

(三) 家畜衛試の公務員

(1) 家畜衛試で中心的役割を占めていた小華和忠は、鶏、雛の再現試験を行なつた結果事故の原因がダーク油にあつたことを確定したが、その際アメリカの文献等に本件鶏の中毒と極めて類似したチック・エディマ・ディジーズと呼ばれる症状があること、右症状を引き起こす物質の本体は不明であつてチック・エディマ・ファクターと呼ばれていることに一応注目しながら、それについては全く検討せず、無機性有毒化合物の混入が一応否定されたというだけで、直ちに油脂そのものの変質による中毒と考察される旨の結論を導き出しており、その間には論理の飛躍があることが明らかなばかりでなく、変質の有無については一週間余の日時があればその検査ができるのにこれもなさないで誤つた結論を導き出している。

小華和は、右考察を導き出す過程として、既に補償問題は解決がついており、被告カネミのダーク油が原因であるとの国の鑑定を出せばそれですべて決着がつくと判断して一応の回答を出したと言うのであるが、他方東急エビス産業の甲賀清美が昭和四三年四、五月ころいち早くアメリカで発生したチック・エディマ・ディジーズに着目し、実験の結果本件鶏の症状がそれと酷似する症例であることを確認し、以後原因物質の究明に当り、同年六月二〇日ころにはチック・エディマ・ファクターの存在を検索するまでに至り、標的物質の検索にはかなり困難があつて結局本件油症発生までには成果を挙げるには至らなかつたが、着実にその検討を進めて行つたことに対比すると、国の研究機関である家畜衛試で、しかもBHC、DDT等有機塩素系農薬の研究に従事していた小華和が、チック・エディマ・ファクターを追求していれば、その専門である有機塩素系化合物を検索するのもそう困難ではなかつたのではないかと思われるのに、あえてこの点の追及を怠り、このようになおざりな鑑定を行なつた。

(2) そこで、家畜衛試がこのような杜撰としか言いようのない鑑定の仕方をせず、真正面から真剣に鑑定と取り組んでいたとすれば、全く別の結論、考察が出され、それに基づいて本件の経過とは違つた行政の対応がなされたと推測するのはさして難くはない。

つまり、小華和自身が考察したようにアメリカでチック・エディマ・ファクターと呼ばれる不明の原因物質があり、この存在を地道に追いかけておれば、同人の学識経験に照らし、実験上からも遅くとも同年五月末ころまでには有機塩素系化合物の存在まで辿りつくことが可能であつたと推認できる。

それから先標的物質の確定に至るまでには長い困難な道程が必要であろうけれども、家畜衛試の役割としては、ダーク油中に有機塩素系化合物が存在し、これが原因と思われるとの鑑定がなされればそれで十分であり、別段難きを強いるものではないと考える。

右のような結論が出され、警告が発せられれば、ダーク油中に有機塩素系化合物が含まれるということは極めて異常な事柄であり、そうすると鶏のへい死に結びつくのはもちろん人体にとつても有害なものであるおそれが強いから、必ずやダーク油中にどうして有機塩素系化合物が含有されているのか、他の製造工程とりわけ精製食用油には問題がないのかといつたことが疑問となつて来ざるをえないのであつて、食用油の安全性について疑いがあるとして当然福岡肥飼検経由で農林本省から食品衛生行政庁への通報がなされたはずである。そして、前同様の食用油に対する対策がなされたとすると、遅くとも同年七月中、下旬までには有毒な食用油の摂取を防止しえたと認めるのが相当である。

そうすると、小華和は、研究職公務員として誠実に鑑定を尽すべき義務を怠り、被告カネミのダーク油が悪いとさえ言えばそれですべて問題は決着するものと速断してなおざりな鑑定をしたことにより、問題を同被告の品質管理の拙劣さにすりかえ、かえつてダーク油事件の解明を困難なものとし、前示福岡肥飼検の場合と同様、被告国をして食用油の安全性に着目しその危険性を回避する機会を失わせたものといわざるをえない。

(四) 農林本省の公務員

ダーク油事件に対応した農林省公務員のうちで福岡肥飼検、家畜衛試の公務員以上にその過失を指摘さるべきは農林本省の公務員である。すなわち、ダーク油事件の農林省本省における具体的窓口である畜産局流通飼料課は、前示のとおり、福岡肥飼検から鶏の大量へい死事件の発生、被告カネミへの立入実態調査の結果等について遂一報告を受けると共に福岡肥飼検に対し被告カネミ製ダーク油配合飼料の使用停止、回収を指示し、畜産局衛生課に連絡のうえ、家畜衛試に病性鑑定の依頼をするよう福岡肥飼検に指示し、右病性鑑定の結果を受けて再発防止のため品質管理の注意の通達を発し、更に原因物質究明のため油脂研究会を設定等しているが、これら一連の行為は農林本省が福岡肥飼検に対し常時密接に指示を与えていたこと、ダーク油事件に関し福岡肥飼検以上の知見を有しうる立場にあつたことを意味するものである。そして既に昭和四三年三月二五日の段階で、ダーク油と食用油が同一工場で同一原料、同一製造工程により製造されていることを知り、かつ福岡肥飼検からの実態調査の結果報告によつてもダーク油の原因物質の説明はもとよりなんら納得のいく事故原因の説明はなかつたのであるから、鶏へい死事件の規模の大きさに鑑み、食糧庁油脂課、畜産局衛生課、食肉鶏卵課等関係部局と協議を遂げ、福岡肥飼検からの報告を分析すれば、自然に食用油の安全性に一応の疑念を持ちえたであろうことはうかがうに難いことではない。特に福岡肥飼検の矢幅課長がダーク油についてもともと知識がないことや福岡肥飼検の調査能力がどの程度のものであるかについては、人事管理権及び指揮監督権を有する上級官庁である農林本省において当然承知している筋合いの事柄であるから、実態調査を全つたからしめるため、食糧庁油脂課の油脂専門家なり法令上の立入調査権限を有する北九州市食品衛生監視員なりの同行調査方を、第一回に無理なら報告受理後再度、手配ないし指示すべきはもとより、福岡肥飼検から家畜衛試に対する病性鑑定依頼に際しても、鑑定の趣旨を的確に伝達し、東急エビス産業等の給飼試験結果資料等を参考にして正確かつ迅速な鑑定作業を図るべく指導をすべきであつた。しかるに畜産局流通飼料課の外、局内各課、担当参事官、畜産局長、次官ひいては農林大臣らは行政組織法上、福岡肥飼検より質的に高度な責任を有する上級官庁としての自覚に欠け、それぞれの自己本来の権限内の事務処理に関心を持つのみにてただ漫然と福岡肥飼検からの結果報告を鵜呑みにし、あまりに当然な内容、方法の指示を与え、お座なりの研究会を設定して事態の推移を待つにとどまつた以外に、ダーク油事件の解明のため有効適切かつ迅速な対応を全くとつていないし、食用油の安全性については、これを権限外のこととして、なんらの疑念を持つに至つていないのであつて、この点出先機関からの情報を分析収集して適切な対応を図るべき本省本来の職責に反することは明らかであり、結局食用油による被害発生の危険を具体的に知りうべき状況にありながら、違法に、その規制権限を有する食品衛生所管庁たる厚生省等に対する通報連絡義務を怠つた過失は免れないといわなければならない。

しかして、昭和四三年三月下旬の段階で農林本省から厚生省等食品衛生担当機関に通報連絡がなされていれば、同年六月以降は有害な食用油の摂取が防止できたであろうことは既にみたとおりである。

(五)(1) 以上の次第であつて、ダーク油事件に関与した公務員は、いずれも食品関係業務に携わるものとして、全体的に、その対応が緩慢であり、また自己本来の職務権限の範囲にとらわれて行政機関相互間の調整の必要性に思いを至さなかつたきらいがあるのであつて、農林本省公務員を頂点とするそれぞれの注意義務違反が複合集積して油症被害の拡大を招いたということができる。しかして、各公務員がそれぞれその義務を尽していれば、食用油による被害発生の危険性を十分予測することができ、国がこれに基づいて直ちに食品衛生法上の規制権限を行使し、適切な措置をとつていれば、本件油症被害の拡大をある程度阻止できたものというべきであるところ、各公務員の過失の総体が油症被害の拡大に寄与した度合を正確に測定することはその性質上必ずしも容易ではないが、本件油症発生の経緯、油症の特質に照らして三割程度と認めるのが相当であり、被告国はその義務を果たさなかつたものとして、原告らに対し国家賠償法一条一項に基づき、前記加害行為者に認められる後記損害の全部義務の三割の範囲において、これと不真正連帯の関係に立つ損害賠償義務があるものというべきである。

(2) 被告北九州市については、本件油症発生の危険を予見することが可能であつたとは認められないから、この点に関する原告らの主張は理由がない。

第八  損害について

一油症の病像について

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1油症は、加熱されたカネクロール(PCBなど)の混入した米ぬか油を直接経口摂取し、あるいは経口摂取した母親から胎盤又は母乳を通じて摂取することによつて亜急性に発症した中毒疾患である。

2(油疾患者とその診断基準の変遷)

(一) 油症の臨床症状は、まず皮膚粘膜症状として極めて顕著に現われたが、油症の急性中毒期(初期)に作られた油症診断基準(昭和四三年一〇月)は皮膚症状を中心とし、その症度も皮膚の症度がそのまま油症自体の症度であるかのように取り扱われていた。

(二) しかし、油症発生後数年を経過して油症が慢性期に移行すると、初期には激しかつた皮膚粘膜症状は次第に軽快の徴候が認められるようになつたが、一方臨床的には全身倦怠、食欲不振、不定の腹痛、頭痛ないし頭重感などの不安愁訴、手足のしびれ感、疼痛などの末梢神経症状、せきとたんの呼吸器症状などの内科的症状が年と共に前景に出て来て、前記診断基準が次第に現状に即しないものとなつて来たことや、そのころから血液中のPCBを定量して診断に役立てることが可能になつたことから、昭和四七年一〇月二六日油症診断基準の改訂がなされた。

(三) その後、油症治療研究班は、昭和五一年六月一四日第三次の改訂を補遺の形でなした。これは急性期のみにみられた関節部の腫れと疼痛を省き、前記(二)の診断基準の検査成績から特徴性のない血液所見を省いて、油症に特徴的とみられる血清γ―GTPの増加と血清ビリルビンの減少を加えたにとどまり、内容的には第二次改訂基準との間に大きな変革はない。

(四) 昭和四三年の発症以来一五年にも及ぶ歳月の中で、届出がなされた被害者の数は一万二、六二九人にのぼり、国が把握している確症患者の数も同四五年三月現在で一、〇一五名、同四八年九月現在で一、二〇〇名、同五〇年四月現在で一、二九一名、同五三年現在で一、六八四名、同五四年一二月現在で、一、六九六名、同五七年現在で、一、七八六名となつており、この確症患者の総数は油症に関する研究の成果、有力な検査の開発が進むにつれて更に増加して行くものと思われる。

3(油症の現状と治療法)

(一) 油症は一般に全身的に多彩な自覚症状がみられ、他覚的には皮膚粘膜所見を主とするものであつて、油症治療研究班が中心になつて油症患者のこのような多彩な症状の病理機序と治療方法の解明を求めて、長年にわたつて動物実験や患者の体内組織の各種検査の実施に取り組み、かなりの成果を挙げて来たけれども未だに病理機序について解明しえない部分が多く、有効な治療方法も開発されるに至つていない。

(二) しかも、油症の症状は一般的、経年的に軽減しつつあるものの一五年の歳月をかけてもなお消滅するに至らず、また、血中PCBの分析をみるに、血中PCBのガスクロマトグラムパターンを

(1) 油症患者に特有のものをAパターン

(2) それに近いものをBパターン

(3) 一般人(健常者)と区別がつけられないものをCパターン

の三つのパターンに分けた場合、油症患者の九五パーセントがAないしBパターンに属するのであるが、血中PCBの濃度が時日の経過と共に低下傾向がみられ現在では一般人と同じレベルの者も多いのに対して、右血中PCBのパターンそのものは容易に変動しないのであつて時日の経過にもかかわらず不変の傾向を示している。このことはPCBの代謝、毒性ひいては油症の病態の複雑さを物語るものである。

(三) 治療の方針としては、体内にあるPCBの排泄を促進することが最も重要なことであるが、PCBが高度の安定性、難分解性、脂溶性、排水溶性、蓄積性といつた性質を有する化学物質であるため、一旦体内に入ると脂肪組織とかたく結合して体外に自然排泄することが困難である。今のところ、サルのPCB中毒実験による還元型グルタチオン、コレスチラミンの実験効果が期待される程度にとどまり、原因物質を急速に代謝、排泄させうるような根本的な治療法に到達していないのが現状である。

(四) 油症の原因物質については、カネミライスオイルの分析が進行するにつれて、PCB加熱による変性物質の存在が問題とされるようになり、やがてPCBの誘導体であるPCDF(ポリ塩化ジベンゾフラン)及びPCQ(ポリ塩化クォーターフェニール)などが検出されたが、これらの物質はPCBに比較するとはるかに高い毒性を有するものと認められ、油症が当初の予想に反し重い症状と長い経過を辿つて来たのはこれらの変性物質の作用によるものではないかと考えられる。

(五) 合併症の治療に当つては、油症患者において神経、内分泌障害、酵素誘導などの所見がみられるため合併症を生じやすく、また合併症が重症化する傾向があるので、慎重な態度が必要であるが、中高年齢者では加齢と共に他の疾患を合併する者がみられ、その経過判定には複雑困難な場合もある。

4(ドーズ・レスポンスについて)

(一) 中毒性物質の体内摂取によつて発病する中毒性疾患では、おおむね摂取量と症状との間にドーズ・レスポンスすなわち原因物質の摂取量に応じた中毒症状が発生し、その症度が決定される、という薬理学の原則がある。

体内に摂取したPCBは減る一方で再び増えることはないから、病気としては除除に軽快して行くか、急によくなるか、いずれにしても軽くなるばかりで、必ずいつかは全治するはずである。ただ、大量のPCBが体内に入つた人は、排泄が非常に遅いために生存中に全治しえなかつたということは有りうるし、体力低下に伴ういろいろの合併症併発のおそれがある。しかし、それさえなければ理論的にはいつかは治りうる病気である、とされるのである。

(二) 右の薬理学からの主張は、おそらく異論を差し挟む余地はないものと思われる。

しかし、同時にこれまで公私の医療機関、油症研究治療班の懸命の努力にもかかわらず、発症以来十五年の長きに及んでもなお未だに病理機序についても解明しえない部分が多く治療方法も未確立であることを考えると、時の経過により全治しえないはずはないとしても、この未知の疾病のため長年にわたつて悩み苦しんで来た患者にとつては、現在この瞬間を健康に生きて行くことこそ願つてやまないものであり、近い将来に完治しうる保障もないまま、自分は果たして生きている間に全治しうるのかと思い惑うその不安と悩みに対し率直に耳を傾けなければならないものと考える。

そして、その苦しみや合併症併発に対する不安等の中で次第に募つて行く症状があつたとしてもこれを一概に心因性だとして油症とのつながりを否定し去ることは十分な説得力を持つものではない。

まさしく、以上のような不安と辛抱の長い年月こそが油症患者にとつて特徴的なものであつたと言つても過言ではない。

二症状各論

油症にとつて特異的であり、かつ重要と思われる症状について前掲証拠に基づいて若干発症以来の推移を検討してみる。

1皮膚症状

(一) 皮膚症状は他の疾病に類のない油症に最も特異的な症状であるが、皮膚症状に先行して眼症状(眼脂増加、上眼瞼浮腫)が現われ、次いで皮膚症状と共に多彩な全身症状が現われて来るという経過を辿つたものが多い。

(二) 皮膚症状の主たるものとして瘡様皮疹、毛孔の著明化、色素沈着、頭髪の脱毛等がみられた。

2眼の症状

(一) 眼の症状は油症の初発症状として著明であり、典型例では起床時に開瞼できない程の著しい眼脂の増加と眼瞼の浮腫、結膜の充血、違和感、視力低下などを自覚症状として訴える者が多く、また他覚的所見としては瞼板腺(マイボーム腺)の分泌亢進と結膜への色素沈着がみられた。

(二) 現在では眼症状も軽快し、極めて軽微な所見を呈するようになつたが、一方ではなお瞼板腺圧迫排出物中のPCB濃度は血液中のそれのおおよそ一〇倍を示している。このことは瞼板腺に、PCBが集りやすいこと及び依然として瞼板腺になんらかの異変を生ぜしめていることを示唆しているものと認められる。

3頭痛(頭重感)

(一) 油症患者において頭痛を訴える頻度は高く、頭全体特に後頭部や両側頭部をしめつけるようにして持読性、非拍動性、非発作性の鈍痛があり、ひどい場合はほとんど毎日、しかも一日中続くと訴える例もある。年齢的には一五歳未満と一五歳以上とを比較すると一五歳以上がはるかに高い。

(二) 油症の頭痛に対しては鎮痛剤等の薬剤はほとんど効果がなく、有効な薬剤がない点が一つの特徴である。

4胃腸症状

油症患者の訴えの中には不定の腹痛、下痢、悪心等の胃腸症状があり、中でも不定の腹痛は空腹時とか食後とかいつた定時ではなく突然起きる激しい腹痛であつて、下痢症状を伴うことも多く、患者のうちかなりの数の者がこれを経験し、日常生活に支障を来す原因の一つに数え挙げており、昭和四七年診断基準もこれを取り上げている。

5呼吸器症状

(一) 油症患者の多くは皮膚症状とほぼ同時期から呼吸器症状が出現したが、初期の段階では患者にたんが多く気道への感染を受けやすいこともあつて呼吸器症状が治癒しにくい状態であつた。

(二) 呼吸器症状と血中PCB濃度との間には相関関係があり、その後血中PCB濃度が低下するにつれて呼吸器症状も全体として改善傾向が見出される。しかし、血中PCB濃度が高い患者において慢性気道感染症の状態が約半数も存在しており、しかも緑濃菌感染の頻度が高くなる傾向にあるので、今後の観察が必要とされる。

6油症児について

(一) 油症児として特に問題とされるのは、油症の母親から生まれ、PCBが胎盤を通して移行した結果出生のときから特異な症状を呈する経胎盤油症児(いわゆる「黒い赤ちやん」)と、母親が汚染油を摂取して油症となり、PCBが母乳を通じて移行した結果油症となつた経母乳油症児である。

(二) 経胎盤油症児は、在胎週数に比較して生下時体重が小さく、出生時全身皮膚への異常色素沈着(灰色がかつた暗褐色)がみられたが、その後の経過観察によると、黒皮の症状(色素沈着)は生後二、三か月で軽快、消褪し、出生後の発育も男児の体重が標準値より小さいが標準発育曲線にほぼ平行して増加し、運動機能、精神面の発達の後れも別段みられなかつた。また、昭和五〇年長崎県五島地区で行なつた検診の結果では、受診者全員が標準偏差値の範囲に入り正常の成長発育を示しているとの結果が出された。

また、経母乳油症児は、成長が抑制され、身長、体重とも増加がとまつたが、昭和五〇年長崎県五島地区で行われた小、中学校の検診の結果では八ないし一〇歳の男子には未だ成長抑制の傾向があるが、全体としては健常児との間に有意の差はみられないとの結果が出された。

しかし、他方では両者を通じて乳歯が抜けても永久歯が生えるのが著しく遅れたり、歯の根元を欠く歯牙異常の例が多くみられ、これらの成長抑制が一時的なものと言えるかどうかこれからも観察し見守つて行く必要がある。

三油症患者の死亡について

1原告らは死亡油症患者小澤浩、中垣了、吉藤ユキ三名について、油症罹患とそれらの者の死亡とは因果関係があるものとして生存者と異なる慰謝料を年齢別による一律加算方式により請求するので、その死因、因果関係等について検討するに、右死亡者らの死因が油症そのものでなかつたことは原告の主張自体からも明らかである。これを疫学的にみるに、丁第一一〇号証、第一一一号証の二によれば、昭和五五年五月末現在の油証患者の死亡数は八五名で、その死因は悪性新生物二三名、全死亡者に対する割合は二七%、心疾患二二名で25.8%、脳血管疾患一一名で12.9%であり、一方同五四年度の日本人の死亡統計からすると、悪性新生物による死亡者の全死亡者に対する割合は22.7%、脳血管疾患が二三%、心疾患が16.2%となつており、その間に特異的なものとして有意差を見出すことはできない。

また、死亡率について考察するに、被告国は昭和四四年から同五四年までの日本人の死亡率の平均は年間人口一、〇〇〇対比で6.43であるのに対し同五三年一二月現在の油症患者数一、六八四名を基礎として計算した死亡率は4.2となるので油症患者の死亡率は日本人全体より低いと指摘するが、その計算の当否は暫く措くとしても、油症患者の死亡率が日本人全体の死亡率と比較して有意差を示し、特に高いと認めるべき証拠はない。

2丙第三三九号証、証人占部治邦の証言及び鑑定人占部治邦外の鑑定の結果によれば、油症患者死亡者の平均年齢は64.6歳であつて、老人で気管支拡張症というような基礎疾患を持つている者に対して油症に罹患したことがなんらかの負荷因子となつて慢性の気管支炎が悪化する可能性を否定することはできないが、油症が原因となつて死亡したという確証はなく、各死亡者の死因と油症との間の因果関係は不明といわざるをえない。

したがつて、各死亡者らの死亡と油症との間に因果関係があることを前提に、死亡者に対し一律加算を求める原告らの主張は採用することができない。

四症状鑑定について

当裁判所において、原告ら油症患者全員に対して、油症による障害の程度並びに軽快の推移、死亡者に対しては死亡と油症との因果関係並びに死亡に至るまでの油症による障害の程度及びその推移についての症状鑑定を行なつた。

九州大学医学部教授占部治邦を代表世話人とする一一人の鑑定人によつて原告らの患者カード、油症患者検診票、カルテ等に原告本人らの陳述書を加えたものを基礎資料として症状鑑定が行われたが、この鑑定に当つては、内科、歯科、皮膚科、神経科、眼科、産婦人科、小児科並びに血中PCB濃度分析の各専門分野から鑑定人が選ばれ、これまでの診断の経緯に鑑み皮膚症状と内科的症状とを二つの大きな柱として、各分野ごとにそれぞれ概括的な診断基準を設け、それらの基準に沿つて各鑑定人が各患者ごとの全資料を点検して一応のランク付けをなし、更にそれを鑑定人会議で検討する手続を踏んだ。そして、その結果次のような症度の分類がなされ、これに基づいて、別紙〔四〕油症患者(原告及び死亡患者)被害一覧表中「鑑定による症度」欄記載のとおり、各原告ら油症患者のランク付けがなされたことが認められる。

症度4(重症) 常時医療を要し、日常生活においてしばしば休養を要するもの

症度3(中等症) 症度4と症度2の中間の程度のもの

症度2(軽症) 日常生活に支障はないが、なお若干の症状を有するもの

症度1 ほとんど症状のないもの

なお、同鑑定結果は、提出された資料が乏しく、鑑定人の過半数が症度の判定ができないとしたものを鑑定不能ということにしたが、初期(昭和四三年―四五年)について原告ら患者のうち大多数が、中期(同四六年―五〇年)についても半数以上が鑑定不能となつているが、後期(同五一年以降)についての鑑定不能者はない。

五症度と慰謝料額の算定について

1原告らは、本訴において、原告らが被つた損害は社会的、家庭的、経済的、精神的などすべてを包括する総体として把握すべきであり、請求する金額は右総体のわずか一部にすぎず、また、全体としての症度についてランク付けをすることができないから原告らの年齢に応じ死者については二、三〇〇万円ないし三、〇〇〇万円、生存者については一、八〇〇万円ないし二、五〇〇万円を包括的、一律的に慰謝料として請求すると主張するが、損害を総体として把握するといつも具体的な金額の算定が不可能なわけではなく、また、各原告らの症状に応じて症度を分類することは可能であるから、慰謝料額についても、各原告らの症度を基本とした肉体的、精神的苦痛、社会的、家庭的、経済的等一切の日常生活上有形無形の損失をできる限り個別的に考慮して算定するのが公平、妥当かつ合理的であると解すべきである。

この点の原告らの主張は採用できない。

2本件においては、既に認定したように人の生命を維持して行くうえに不可欠であり、しかも誰もが絶対に安全であると信じていた食用油中に毒物が混入して惹起された事件であり、原告ら被害者にとつてはこれを避けようとしても避けることができなかつたものであつてなんらの過失もなかつたことが特徴的である。

そこで、当裁判所としては、発症以来の原告ら各人の症状をできるだけ個別的、具体的に認定、考慮し、これに前記本件の特殊事情を併せ考え、次のとおりの基準によつて慰謝料額を算定する。すなわち、油症患者に対する症度区分は基本として重症、中症、軽症、ごく軽い症状の四段階に分類するが、油症発生後長期又は難度の入院歴があるもの及び油症による生活破壊が特に著しいものについて、重症、中症、軽症の各ランクの上に一ランクを設け、最も重い症状、中症の上、軽症の上として格付け勘案し、結局慰謝料額は、最も重い症状 一、二〇〇万円

重症   一、〇〇〇万円

中症の上     八〇〇万円

中症     七〇〇万円

軽症の上     六〇〇万円

軽症     五〇〇万円

ごく軽い症状   四〇〇万円

と定めるが、更に、ごく軽い症状のものであつても、入院、生活破壊等金四〇〇万円をもつてしてはなお慰謝し難い特段の事由があると認められるものについては、その都度適宜ランクを上げて評価する等の加算をすることとした。

しかし、いわゆるカネミ油症第三陣訴訟である本件損害賠償請求における原告ら油症患者は第一陣、第二陣の油症患者と比較して総体的に症状が軽く、「最も重い症状」「重症」に該当すべきものは見当らない。

3なお、原告らは全員について、初期、中期、後期の一部が鑑定不能であるところ、鑑定不能部分の取り扱いについては、証拠がないものとして最低のランク付けを行うという考え方も有りうると思われるが、油症が家族発生であり、同一家族内での血中PCBパターンの一致率も非常に高いので、少なくとも認定時期が同一又は近接している者においては、同一家族内で勤務の都合、学業、健康状態等により汚染油の摂取量が著しく異なる等特別の事情のない限り、できるだけ他の家族構成員の症度を参考にし、これを控え目に認定して行くこととした。

4以上により、原告ら各人の本件油症被害による慰謝料額は(死亡油症患者の相続関係等は後記六認定のとおり)別紙〔六〕認容金額一覧表中「慰謝料額」欄記載の金額をもつて相当と認める。

六死亡油症患者の相続関係等について

油症患者小澤浩、同中垣了、同吉藤ユキについて、原告小澤カズ、同中垣貞子、同中垣良平、同吉藤一雄各本人の供述によれば、右油症患者ら三名は原告ら主張の請求原因8の(一)の(5)の(イ)、(ロ)、(ハ)記載の月日に死亡し、本件損害賠償請求権について、同(イ)、(ロ)、(ハ)記載の各原告、相続分において相続が開始し、同原告らが右死亡油症患者の権利を承継取得したことが認められるところ、右承継取得の金額は、原告小澤カズ(原告番号第一次3)、同川崎登志子(同第一次4)、同中垣貞子(同第二次3)、同中垣良平(同第二次4)、同植田敏子(同第二次7の1)、同工藤テル子(同第二次7の2)、同吉藤一雄(同第二次7の3)の、別紙〔六〕認容金額一覧表中「慰謝料額相続分」欄記載のとおりである。

七弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは原告ら訴訟代理人である各弁護士に本件訴訟の提起、追行を委任し、右代理人らが訴訟活動を行なつて来たことが認められるが、本件訴訟の難易、特異性、集団性及び請求認容額等諸般の事情を考慮して、それぞれ認容した慰謝料額の約五パーセントにあたる別紙〔六〕認容金額一覧表中「弁護士費用」欄記載の各金員をもつて各原告らの本件事故と相当因果関係にある損害と認めるべきである。

第九  結論

以上の次第であるから、原告らの本訴各請求は、被告カネミ、同加藤、同鐘化に対し別紙〔六〕認容金額一覧表中「認容金額(一)」欄記載の金員及びこれに対する本件不法行為後であることが明らかな昭和四三年一一月一日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の不真正連帯支払いを求める限度で、被告国に対し右金額の三割に相当する同一覧表中「認容金額(二)」欄記載の金員及びこれに対する同日以降同一の割合による遅延損害金につき前相被告らと不真正連帯支払いを求める限度で、それぞれ正当であるからこれを認容すべきであり、その余りはいずれも失当であるからこれを棄却すべきであり、被告北九州市に対する請求は失当としてこれを棄却すべきである。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用するが、仮執行の宣言は、被告鐘化の関係において、別紙〔六〕仮執行許容額一覧表中「仮払金額」欄記載の金員が既に仮処分において一部仮払いされていることは当裁判所に顕著であり、その限りにおいて仮執行の必要がないから、当該仮払金を控除して仮執行許容金額を算出すべきところ、別紙〔六〕認容金額一覧表中「認容金額(一)」欄記載の各金額の七割相当額から仮払金を控除すれば、別紙〔七〕仮執行許容額一覧表中「仮執行金額(一)」欄記載の金額となり、更に各仮払金に対する昭和四三年一一月一日から各仮処分決定日(第一次原告らは昭和五六年一二月一四日、第二次原告らは昭和五七年三月一六日、第三次原告らは一一月一八日、第四次原告らは昭和五八年七月二〇日)まで年五分の割合による遅延損害金を算出すれば同一覧表中「仮執行金額(二)」欄記載の金額となるから、同一覧表中「仮執行金額(一)」欄記載の各金員及びこれに対する昭和四三年一一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員に加えて、同一覧表中「仮執行金額(二)」欄記載の各金員について仮執行を付することとし、その余の各被告の関係においては認容金額とこれに対する遅延損害金の合計金全額について、これを付することとするが、被告国の申立に係る仮執行免脱の宣言は本訴において相当でないからこれを付さず、主文のとおり判決する。

(鍋山健、渡邊安一、渡邊了造)

別紙

〔一〕 原告ら目録〈省略〉

〔二〕 原告ら訴訟代理人弁護士目録〈省略〉

〔三〕 請求債権額一覧表〈省略〉

〔四〕 油症患者(原告及び死亡患者)被害一覧表〈省略〉

〔五〕 真正に成立を認めた証拠目録〈省略〉

〔六〕 認容金額一覧表〈省略〉

〔七〕 仮執行許容額一覧表〈省略〉

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